新星の武器庫(36)

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　作戦は何種類か示し合わされていた。
　武器の射程は、後方の崖上にいる本体の二十連射のほうが、輸送馬車上の七連射よりも勝っていた。
　折からの突風は、不確定な要素として残されてはいるものの、風はおしなべてこちらに有利に吹いている。崖から吹き下ろす風に乗って、蜂の毒矢はずいぶん遠くまで飛ぶだろう。まさに天使のご加護と言えた。
　盗賊の側にしてみれば、それは射程を削る風向きだった。
　それでやつらは、なかなか襲ってこなかったのだろうと、ギリスは見当をつけていた。
　しかし長々と渋ったところで、風向きは変わらなかった。
　慎重を期すなら、本日の戦闘はあきらめ、とっとと撤退するのが、盗人どもにとっては最良の策だろう。
　それでもやつらは襲ってくることにしたらしい。
　牛の目のファサルは、この戦闘に、面子をかけている。
　領主の絵姿に矢文を射かけて、この金曜日を指定してきた。街の者はみんな、その事実を知っている。賭はこの日が大詰めで、幾千の目からの凝視を身に受け、いざ蓋をあけてみたら、どうも天気がよくなかったので、やっぱりやめますというのでは、男としての格好がつかない。
　もっともな話だった。
　風はますます荒れる様相だった。このまま雨天になるかもしれない。だったらまだしも視界の良いうちに、思い切って始めるかと、ファサルは重い腰を上げたらしい。
　ちょうどいい。こっちもケツが痺れてきたとこだ。三つ子は覚悟を決めたようだし、崖上を見ると、スィグルはまだ突っ立ったまま、風に髪をなぶらせ、煙管を吸っていた。その姿には王族らしい気位があるものの、苛々しているのは確かだった。
　ギリスの預かる輸送馬車は先陣だったが、得物の射程が短いため、攻撃の開始は本隊ではなく、こちらが執ることになっていた。十分に敵を射程に引き入れてから、二交代制の七連射をお見舞いする段取りになっている。兵に模擬戦をやらせてみたところ、前のひとりが射終える間に、矢筒への矢の補充が整う手際が確認されている。
　イマームは兵が薬のついた鏃(やじり)に触れる必要がないように、なんと再補充を矢筒ごと行えるよう、連弩(れんど)を改良していた。だから兵は新しい矢筒を補給係の兵から受け取って、それと空の矢筒を入れ替え、取っ手を引いて再装填するだけで、また新たな七本を射ることができる。あっというまの作業だった。
　だから実際には交代制といっても、持ち場を動く必要もなく、振り返って置かれた矢筒を取るだけだ。ほとんど間断なく矢を射続けられる弩兵(どへい)の模擬戦闘を見て、ギリスは快感のあまりぶっ倒れそうになったものだった。
　もう十分焦らされた。
　さっさと来て、俺に射させろ、盗賊ども。
　手ぐすね引いて待ち受けるギリスの視界に、曇天に暗い砂丘を越えて、敵軍の最初の一騎が現れた。追い風を考慮しても、そこはまだ射程外だった。
　連弩の性質からして、望ましいのは至近距離からの斉射だ。しかし、それは相手を殺傷する場合の話で、蜂の矢羽根をつけた薬矢は、二本も当たれば脚が痺れ、五本食らえば昏倒する量の眠り薬を塗ってあると、スィグルは話していた。かすり傷でも、とにかく当たればいずれ薬が効いてくる。
　なかなか美味みのある話じゃないかとギリスは思った。はじめはこの頼りない矢に、なんと不甲斐ないとスィグルを恨んだもんだったが、案外これはいけるんじゃないか。しばらくおねむになるだけの薬でも、無数の斉射を一人で浴びれば大事だろうし、もっと気の利いた薬が塗ってあれば、ほんの一矢がかすっただけで、気まずい相手にずっと寝ていてもらうこともできるだろう。イマームの改良型を使えば、矢を装填するときにどじった味方の兵が、代わりに眠る懸念もない。
　それこそ新星の新兵器として、なかなか格好のつくものではないか。誰彼かまわず毒舌を吐くあいつが使う武器として、これ以上なく填(はま)る。詩人たちが大喜びで書くだろう。レイラス殿下の胡蜂(すずめばち)、それは鋭い毒針を持っている。
　そんな蜂の斉射を初めて浴びる栄誉に恵まれた盗賊たちは、なぜか数騎だけで現れ、谷間に馬車を見下ろすものの、それ以上、騎獣に鞭をくれなかった。
　前回の戦闘では、やつらは電光石火の勢いで、群れをなして襲いかかってきたというのに。今日はどうも、戦法を変えてきたらしい。
　ギリスは砂丘の上にいる、最初の一騎に目をこらした。
　その男は、まるでひとかどの将のような胴鎧に身を包んでいた。しかし、ゆったりとした錦の布で頭を覆った様は、どことなくしどけない。男は風の舞う空を見上げ、そしておもむろに、背負っていた弓をとって構えた。
　男が矢筒から、矢を二本、引き抜くのが見えた。
　その時点で、ギリスはいやな予感がした。

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