大宴会5
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「ジェレフ、お前は可哀想なやつだったよ」
唐突に、リューズはその話を始めた。
眠いのか、目を閉じて頬杖をついているリューズを、イェズラムが険しい目をして見下ろし、優男はぽかんと見ていた。
「熱心に仕えるのも立派だったけどな、他人にこき使われて死んで、それで良かったのか。ほんとに俺は情けないよ」
くどくどと泣き言めいた事を言うリューズの口調に、ヘンリックは覚えがあった。酔っぱらって、引っ繰り返る五分前くらいだ。
「まったくな、俺はお前に、死ななくていいと言ってやりたかったよ。ほんとにな、俺もあんときゃ辛かったよ。餓鬼みたいにガタガタ震えてやがったよ、こいつは」
お前のせいだというように、リューズは据わった目を向けてイェズラムに文句を言っていた。
「そういうのを何十人、何百人と、笑って送り出してきたよな、昔から。お前がそうしろっていうから、俺はにこにこ笑ってきたよ。まったくとんだ猿回しだよ。俺は馬鹿か。人として当たり前の感情があっちゃいかんのか。なにが英雄だ。お前は鬼か、自分の部下が可哀想ではないのか」
からむリューズに舌打ちをして、イェズラムはそれには答えず、バーテンに水を出させた。優男は居所がなさそうに、リューズの愚痴を聞いていた。
「ジェレフ、お前は男らしく立派だったぞ。俺を恨んでいいからな」
酔い覚ましの水を飲めと言われてリューズは怒った顔をしたが、それでも大人しく、冷えて結露したグラスを上げた。がぶがぶ水を飲むリューズを、ヘンリックは眺めた。
「恨んでいません」
答えるべきなのか、戸惑う口調で、優男は答えた。黙れという表情を、隻眼の男が浮かべた。
「俺は恨んでいません、族長」
「ああそうか。それはお前がアホだからだろう。俺にだまされやがって。たまには誰か、俺を恨んで化けて出ろ」
息も絶え絶えに悪態をつき、リューズはそれきり口をつぐんだ。
とうとう引っ繰り返るのかと、期待しつつビビりながら、ヘンリックは半眼でいるリューズの横顔を見守った。
誰もなにも言わず、気まずい沈黙ののち、リューズがにわかに、くるりとこちらを見た。
「ヘンリック、ボーリング行くか」
「は!?」
意表をつく誘いに、ヘンリックは思わず小さく叫んだ。
「いっぺん行ってみたかったんだ。奥さんも行きましょう。朝まで俺と鉄の玉を投げて過ごしましょう」
ヘンリックを押しのけて、リューズはヘレンに話した。ヘレンは面白そうに笑っている。
「いいですね。でもあたし、妊娠後期なんですけど、ボーリングして平気かしら」
「じゃあ奥さんの分は、こいつにやらせましょう。ヘンリックがふたり分やればいいんです。ちょっとくらい、いちゃついても、俺は見なかったふりをしますから大丈夫です。文句ぐらいは言うかもですが」
人の女に慣れ慣れしいリューズを、ヘンリックはむかついて押しのけた。まったくこいつは十人も側室がいて、そのうえ何百何千と後宮に女を囲っているくせに、そのうえまだ他人の女を口説くのか。ヘレンのことを、大して美しくないと言っていたくせに。
「ヘンリックとふたりで行ってきたらいいわ。仲良しさんで」
ヘレンはけろっと笑い、そんなことを言った。
ヘンリックはその提案にぎょっとした。誰が仲良しさんだ。
「ヘレン、お前な、たった今、再会したばかりだぞ。なんの話もしてないぞ」
「いいじゃない、たまには友達と遊んだら。あたしとはまた会えるでしょ」
ふらっと帰ったら、いつでも家にいるみたいに、ヘレンはあっさりとそう言った。しかし彼女は十年以上昔から死んでいて、もうこの世のどこにもいないのだ。
「また、って、いつだ。俺が死んだ時か」
「さあ、わかんないけど。その時か、次のスキマの国? 明日か、三十年くらい先か」
「そんなアテにならん話……」
あぜんとして、ヘンリックは笑っているヘレンの顔を睨んだ。
ヘレンは、くよくよ眠そうなリューズのほうを、ちらりと覗く仕草をした。
「いっしょに行ってあげたら? 寂しそうだし」
「ほっときゃいいんだ、こいつは。長髪の美形仲間が山ほどいるし、あっちっちが面倒みるから」
「あら、でも、友達はあんただけみたいよ」
俺は、こいつとは、友達じゃ、ないから。
力強く、ヘンリックはそう思ったが、なんとなく口に出すムードでもなかった。
「行ってあげなよ、そのほうが、あんたはステキよ」
とんだ殺し文句だった。
「お前はどうするんだ」
「あたしは、あの人に送ってもらうから。優しくて男前の魔法使い」
スコッチを飲んでいる若いのを指さして、ヘレンはにっこりと言った。
「馬鹿!!」
思わず叫ぶと、ヘレンは大きな腹を抱えて、あっはっはと笑った。
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「ジェレフ、お前は可哀想なやつだったよ」
唐突に、リューズはその話を始めた。
眠いのか、目を閉じて頬杖をついているリューズを、イェズラムが険しい目をして見下ろし、優男はぽかんと見ていた。
「熱心に仕えるのも立派だったけどな、他人にこき使われて死んで、それで良かったのか。ほんとに俺は情けないよ」
くどくどと泣き言めいた事を言うリューズの口調に、ヘンリックは覚えがあった。酔っぱらって、引っ繰り返る五分前くらいだ。
「まったくな、俺はお前に、死ななくていいと言ってやりたかったよ。ほんとにな、俺もあんときゃ辛かったよ。餓鬼みたいにガタガタ震えてやがったよ、こいつは」
お前のせいだというように、リューズは据わった目を向けてイェズラムに文句を言っていた。
「そういうのを何十人、何百人と、笑って送り出してきたよな、昔から。お前がそうしろっていうから、俺はにこにこ笑ってきたよ。まったくとんだ猿回しだよ。俺は馬鹿か。人として当たり前の感情があっちゃいかんのか。なにが英雄だ。お前は鬼か、自分の部下が可哀想ではないのか」
からむリューズに舌打ちをして、イェズラムはそれには答えず、バーテンに水を出させた。優男は居所がなさそうに、リューズの愚痴を聞いていた。
「ジェレフ、お前は男らしく立派だったぞ。俺を恨んでいいからな」
酔い覚ましの水を飲めと言われてリューズは怒った顔をしたが、それでも大人しく、冷えて結露したグラスを上げた。がぶがぶ水を飲むリューズを、ヘンリックは眺めた。
「恨んでいません」
答えるべきなのか、戸惑う口調で、優男は答えた。黙れという表情を、隻眼の男が浮かべた。
「俺は恨んでいません、族長」
「ああそうか。それはお前がアホだからだろう。俺にだまされやがって。たまには誰か、俺を恨んで化けて出ろ」
息も絶え絶えに悪態をつき、リューズはそれきり口をつぐんだ。
とうとう引っ繰り返るのかと、期待しつつビビりながら、ヘンリックは半眼でいるリューズの横顔を見守った。
誰もなにも言わず、気まずい沈黙ののち、リューズがにわかに、くるりとこちらを見た。
「ヘンリック、ボーリング行くか」
「は!?」
意表をつく誘いに、ヘンリックは思わず小さく叫んだ。
「いっぺん行ってみたかったんだ。奥さんも行きましょう。朝まで俺と鉄の玉を投げて過ごしましょう」
ヘンリックを押しのけて、リューズはヘレンに話した。ヘレンは面白そうに笑っている。
「いいですね。でもあたし、妊娠後期なんですけど、ボーリングして平気かしら」
「じゃあ奥さんの分は、こいつにやらせましょう。ヘンリックがふたり分やればいいんです。ちょっとくらい、いちゃついても、俺は見なかったふりをしますから大丈夫です。文句ぐらいは言うかもですが」
人の女に慣れ慣れしいリューズを、ヘンリックはむかついて押しのけた。まったくこいつは十人も側室がいて、そのうえ何百何千と後宮に女を囲っているくせに、そのうえまだ他人の女を口説くのか。ヘレンのことを、大して美しくないと言っていたくせに。
「ヘンリックとふたりで行ってきたらいいわ。仲良しさんで」
ヘレンはけろっと笑い、そんなことを言った。
ヘンリックはその提案にぎょっとした。誰が仲良しさんだ。
「ヘレン、お前な、たった今、再会したばかりだぞ。なんの話もしてないぞ」
「いいじゃない、たまには友達と遊んだら。あたしとはまた会えるでしょ」
ふらっと帰ったら、いつでも家にいるみたいに、ヘレンはあっさりとそう言った。しかし彼女は十年以上昔から死んでいて、もうこの世のどこにもいないのだ。
「また、って、いつだ。俺が死んだ時か」
「さあ、わかんないけど。その時か、次のスキマの国? 明日か、三十年くらい先か」
「そんなアテにならん話……」
あぜんとして、ヘンリックは笑っているヘレンの顔を睨んだ。
ヘレンは、くよくよ眠そうなリューズのほうを、ちらりと覗く仕草をした。
「いっしょに行ってあげたら? 寂しそうだし」
「ほっときゃいいんだ、こいつは。長髪の美形仲間が山ほどいるし、あっちっちが面倒みるから」
「あら、でも、友達はあんただけみたいよ」
俺は、こいつとは、友達じゃ、ないから。
力強く、ヘンリックはそう思ったが、なんとなく口に出すムードでもなかった。
「行ってあげなよ、そのほうが、あんたはステキよ」
とんだ殺し文句だった。
「お前はどうするんだ」
「あたしは、あの人に送ってもらうから。優しくて男前の魔法使い」
スコッチを飲んでいる若いのを指さして、ヘレンはにっこりと言った。
「馬鹿!!」
思わず叫ぶと、ヘレンは大きな腹を抱えて、あっはっはと笑った。
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