もえもえ図鑑

2008/08/11

大宴会4

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「お待たせしました、族長」
 癒し系の顔をした長髪の優男は、リューズに微笑みかけていた。
「七分くらいだったな、エル・ジェレフ。我が英雄よ。さすがは当代の奇蹟、仕事が早い」
「恐悦至極」
 にっこり嬉しげに答えて、ジェレフはリューズに包みを解いた寿司を差しだした。
 ヘレンは店の入り口で、まだごそごそとレインコートを脱いでいた。彼女の腹は大きく膨らんでいた。死んだときのまま、妊娠している姿だった。
 よいしょと言いながら、ヘレンはヘンリックの隣の席についた。呆然と、ヘンリックはまだ若いままの女(ウエラ)の顔を見つめた。
「奥様と、途中で行き合いましたので」
 なぜ一緒に来たのかという話を、優男はした。
「ご苦労だったなジェレフ。帰っていいぞ」
 横目に一瞥して、イェズラムは命令口調だった。それに頷く優男は微笑していた。リューズはしらん顔で寿司を食っていた。
「あら、せっかく来たのに。いっしょに飲みましょうよ」
 ヘレンが帰ろうとする優男を引き留めた。
 エル・ジェレフは振り返ったが、それでも帰る素振りだった。
「イェズラム、奥方がそう言うんだ。別にいいだろ」
 リューズはどこか拗ねたように言い、大トロを食った。蛇が卵を呑むようだった。
 イェズラムはかすかに頷くような仕草をした。すると優男はイェズラムの隣に座った。
「目の保養だわ」
 面白そうに言って、ヘレンはカウンターのストゥールに横様に座り、雁首そろえた男たちを眺めていた。ヘンリックの隣の、不機嫌に寿司を食らう女顔の族長と、その隣の、無表情に煙管をふかす隻眼の男と、その隣の、にこやかな癒し系の優男だった。ぱっと見にも異様な、黒髪長髪美形のバリューパックだ。
 お前も女だなと思って、ヘンリックはヘレンの顔に目を戻した。すると彼女はこちらの肩をバシイと叩いて笑った。
「やあねえ、ヘンリック。あんたが一番男前よ。知ってる顔より老けたけど」
「奥さんが死んでからダメ男ですよ」
 リューズが寿司を食いながら、悔やむように言った。
「ご無沙汰でした、リューズさん。夫がお世話になりましたようで。お寿司おいしいですか」
「うまいです」
 くよくよ頷きながら、リューズは答えた。
「あなたがいてくださって、良かったわ。ヘンリックには他に友達がいないから」
「いいや、俺は友達ではないそうです。赤の他人です、奥さん。今後は年賀状リストのカテゴリー分けも、プライベートの友達ではなく、仕事上の義理で付き合う赤の他人の項に入れてください。中元歳暮は送っても、誕生日祝いはいりませんから」
「そんなこと言わないで」
 リューズを笑って、ヘレンはバーテンにトマトジュースを注文した。妊娠しているので飲まないのだろう。
「だめじゃない、ヘンリック。友達は大事にしないと」
 怖い顔を作って言い、ヘレンはつねるようにヘンリックの腕をとった。そしてこっそりと耳打ちしてきた。
「あんた今のほうが、昔よりいい男だから」
 顔を見ると、ヘレンはニヤニヤとにっこりの中間の笑みをしていた。若い顔は懐かしかったが、ヘレンも同じだけ歳をとっていたらいいのにとヘンリックは思った。相変わらず、愛しい女だった。
 ジリリン、と前時代的な音をたてて、バーの黒電話が鳴った。それを受けたバーテンが、受話器をヘンリックに渡してきた。耳をつけると、知った声が喚いていた。
 受話器から洩れる酔っぱらった声が、族長、と呼びかけてきた。
「誰だお前」
 そう答えたが、誰なのかは声でわかった。夜警隊(メレドン)のレノンだった。他にも背後にうようよいるようだった。
「レノン君よ」
 受話器に反対側から耳をあてて、盗み聞きしたヘレンが教えた。こちらの返事には答えず、電話の向こう側にいる男はべらべらとうるさく勝手に喋った。
 その話を漏れ聞いて、ヘレンがくすくすと低く笑った。
「ふられたんじゃない? この子いっつも女の話ばっかりね」
 感想を述べるヘレンに、ヘンリックはレノンの話を聞きながら頷いて答えた。要領を得ないが、とにかく電話の相手はそのような話をしていた。誰々が俺の女を寝取ったのでケンカになったとか、もうぶっ殺さないと気がすまないとか、そういうような話だった。
 どうせいつもの話だった。夜警隊(メレドン)はケンカばかりだ。
「レノン、そんな話で俺に電話してくるな。てめえらのケンカにいちいち首突っ込んでられるか。ケンカしてもいいが、剣は使うな。死人が出たら面倒だから。どうしてもやるなら殴り合え」
 分かったのかどうか、返事は返らなかったが、がしゃんとものの壊れる音がして、人が暴れる音がした。あんぐり呆れながら、ヘンリックはそれを少しの間、聞いていた。やがて誰か別のものが電話に出て、すみませんと言った。
「カダル」
 ヘレンが誰だろうという顔をしたので、呼びかけるふりをして名前を教えた。するとヘレンは理解がいったようで、にっこりとした。
「全滅させるなよ。明日も仕事があるだろ。近衛兵が全員死亡で、どうするんだよ俺は。まったくお前らには愛想がつきるぜ」
 はい、すみません、朝までには全員帰しますから、すみませんでしたと受話器は話し、その途中でぎゃっと鳴いた。いやになってヘンリックは電話を切った。
「アホばっかりか、お前の部下は」
 隣で、寿司を食い終えたらしいリューズが、げっぷをしながら嘲った。盗み聞きしなくても、受話器からは盛大に声がもれていた。
「アホばっかりだ、俺の部下は」
 ため息をついて、ヘンリックは答えた。かばってやる気が起きなかった。
「いいじゃないか別に。俺もアホでいたかったさ。それで治世が立ちゆくなら」
 新しい酒を注文しながら、エル・イェズラムが愚痴としか思えないことを言った。バーテンは彼と、その隣の優男に、同じ酒を持ってきた。スコッチだった。
「飲め、ジェレフ。お前の命の水だ」
 隻眼くんに真面目に言われて、優男は苦笑した。そして美味そうに酒を飲んだ。
 隣でリューズが、つまらなさそうに深いため息をついた。ふと見ると、奴のグラスは空になっていた。

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