大宴会６

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「気をつけて行けよ。変なもんは食うなよ。もう酒は飲むな」
　ヘレンを送っていく素振りで、イェズラムとジェレフは戸口に立っていた。隻眼の魔導師は、まだカウンターに齧り付いているリューズに、口うるさく忠告をした。
「うるさいな、さっさと冥界へ帰るがいい、イェズラム。なにかあったら電話するから、携帯の電源切らないでね」
「死人に頼るな……」
　寿司は調達したくせに、イェズラムはそう凄んでみせている。
　赤いレインコートを着たヘレンを、ヘンリックはカウンターの席から恨めしく眺めた。なんという、つれない女だ。そこがまたいいんだが。
　リューズが食い散らかした寿司折りや、他のなにもかも片付けて、支払いまで済ませ、死霊たちは帰っていった。開いた扉の向こう側は夜で、相変わらずの激しい雨が降り続いていた。
「ヘンリック、俺は雨の中を歩くのはいやだ。靴が濡れるから。それに長い髪というのは雨で湿ると、ものすごく重いものなんだ。お前は長髪美形キャラのそんなしょうもない苦労は分からないだろうが。リムジンを呼んでくれ」
「ほんとに行く気か、ボーリング？　ありえない光景だろ。大丈夫なのかそれで、お前のキャラクター性は。それを言うのなら俺のもだが」
　アルコールを分解しきれずに、カウンターに突っ伏して悶々としているリューズに、ヘンリックは問いただした。本気じゃないと思いたかった。
「いいんだ。なにがキャラクター性だ、そんなもん犬に食わせろ。ジェレフに愚痴っちゃったし、俺は本当に情けない」
「後悔するくらいなら、言わずに我慢すりゃよかったろ」
　今さらなことを言うリューズに驚いて、ヘンリックは言った。
「でも他に言う時ないし」
「だから、言わなきゃいいだろって」
「うるせえなあ、人心に鈍いお前にはわかんないんだよ。言ってやんなきゃ可哀想だろ。イェズラム的なガチガチ戦法ばっかりじゃな、折れちゃうやつもいるんだよ」
　それがあの隻眼くんには分かっておらんのですよ。リューズは相手がいなくなったので強気で喋っていた。
　つくづく名君口調も崩れっぱなしで、リューズは昔、バルハイで初対面した頃のような気配がした。海辺で爛熟していた頽廃の都を遊び歩いて、あっちっちにブチキレられたあの頃だ。
　リューズもあの頃にはまだ気楽なもんで、試しにちょっと玉座に座ってみただけというツラをしていた。その割には未だにずっと、その席を温めているわけだが。
「お前の心のスキマを埋めに来たはずが、なんだか俺の心にスキマ風が吹いた結果だった」
　もたもたと席を立ちながら、リューズがそう言った。
「せっかくの異次元だから遊んで帰ろう。さっさと行くぞヘンリック」
「どこへ」
　リューズが店の扉を開くと、激しく打ち付ける雨が真っ暗な地面をほの白く煙らせていた。
　傘を持っていないのに、リューズは気にせずその中に歩いていった。
　あーあと思ったが、リューズは一瞬で濡れ鼠になった。
「さあなあ、どこへ行こうかなあ。ほんとにボーリングしに行ってみるか。それとも、またあの夜のバルハイで、お前と朝まで遊び歩こうか」
　顎から雨を滴らせながら、リューズは笑ってそう言った。
「生きてるうちに、もういっぺんでいいから、友達と気楽に遊びほうけてみたいよ」
　そう愚痴るリューズは、どう見ても治世に疲れた美形のおっさんだった。
　情けない話だと思って、ヘンリックは雨の中に、彼を追った。どうせ無害な夏の雨だった。
「まあ、そういう機会も、いつかあるさ。俺はまだしばらく生きているだろうし」
　やむをえず、無責任なことを言って励ますと、リューズは気味が良さそうに、上機嫌な笑い声をたてた。
「お前と俺は友達なんだっけ」
「この際もう、そういうことにしとけ」
　観念して、ヘンリックはそれを許した。
　リューズは薄笑いをし、雨を浴びながら、どことも知れない道の続く先を見つめていた。
　その道はたぶん、どこへも続いてはいなかった。バルハイの夜へも、どこへも。
　この世界はこれっきり、ちっぽけな箱庭で、自分も彼も、元いた場所に戻るしかなかった。
　それでもとにかく、この道がある限りは、いっしょに歩いてやろうかなと、ヘンリックは思った。可哀想な孤独な友のために。
　道はしばらく続き、話すともなく話して歩き、やがて夜の雨の中に何もかも消えた。最後に残ったのは、闇から友よと呼びかける、懐かしいリューズの声だけだった。

《おわり》

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