もえもえ図鑑

2008/09/17

新星の武器庫(44)

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 それでも玉座に座るスィグルは、険しい顔をしていた。
 玉座に続く石段に座り、ギリスはいつものように、それを見上げた。
 スィグルはいかにも王族らしく礼装し、結わせた髪には贅沢に金銀と宝玉を挿していた。富裕を権力の証と見るこの部族では、王族は華美であればあるほどありがたいと、皆思うらしかった。それで王族はいつも、可能な限りの宝飾でまばゆく飾り立てられているものであり、そうした姿でスィグルが座ると、グラナダ領主のための玉座も、謁見の間も、あたかも小さな玉座の間(ダロワージ)といった風情だった。
 そこから見下ろしてくる王族の黄金の目を、広間に胡座しているファサルは、まったく物怖じする気配もなく、じっと見上げていた。
 スィグルはファサルに簡単な円座を与え、縄も打たずにおいていた。
 着ているものこそ、昨日の戦闘のままの武装した姿のままだが、顔を晒させるために取らせた錦の飾り布を肩に垂らし、どこか余裕の笑みさえ浮かべているファサルは、さすがは大盗賊の頭領というべき、貫禄があった。
 長身で、弓が得意というだけに、長い腕をした体格は頑健そうだった。年の頃は確かに、死んだ頃のイェズラムと同じようだった。簡素な束髪を垂らし、背筋を伸ばして座っている姿には、なんとはなしに妙な気品のようなものがあり、長老会の部屋(サロン)で眺めた養父(デン)をギリスに思い出させた。
 何より目を引くのは、ファサルの瞳が片方ずつ違う色をしていることだった。
 稀にはこういう、変わったのがいるとは知っていたが、ギリスは初めてまともに見た。
 ファサルの左目は青い色をしており、右目は金色をしていた。
 王族でなくても、金色の目をしたものはいる。かなり珍しいものらしいが、いないわけではない。実際、養父(デン)もそうだった。
 ファサルの右目を見下ろすスィグルの顔が険しいのは、まさかそのせいではないかと、ギリスは危ぶんだ。さっき、お前の目は王族の証だと、おだててきたばかりだ。それで気をよくして、見下ろした卑しい盗賊の目が、片方だけとはいえ、燦々とした金色だとは。いかにもまずい。
 それにファサルは麗質だった。鷹のような鋭い目元をしていた。在野の鷹だけあって、どことなく野卑だが、それでも執念のあるスィグルに連想させるには充分だ。自分も亡き者の面影を折に触れて探すのが習い性になったギリスには、それが簡単に想像できた。
 金眼のほうの半面だけ見れば、ファサルは族長リューズの気配をかすかに臭わせていた。笑ったような金色の、鋭い目つき。本物のほうには、もっと得体の知れない眼力があるようにギリスには思うが、ほんのちょっと似ていれば、スィグルには充分のはずだ。いつも玉座からその目で見られて、心底びびって生きてきた。今は見下ろす立場だが、そのことを忘れてなきゃいいが。
「ファサル」
 案の定、掠れたような覇気のない声で、スィグルは捕らえた盗賊に呼びかけた。ギリスは内心、ぐっと呻いた。ガツンとぶちかますんじゃなかったのか。しかしここは、澄ました顔で英雄らしく、黙って見ているしかない。
「気分はどうだ」
 気を取り直したか、訊ねるスィグルの声は、いくらか力強く持ち直していた。
 そう呼びかけられ、盗賊ファサルは、今度は明らかな笑みを浮かべた。
「目が覚めましたら、美しい部屋に寝ておりましたので、とうとう死んで、どこかの楽園に来たものかと思いました。ここはあたかも、話に伝え聞く王都の玉座の間(ダロワージ)のごとく思えますが、やはり私は死んだのでしょうか」
 男は強い声で、極めて優雅に喋った。ギリスはそれに、ぎょっとした。
「ここはグラナダ宮殿の謁見の間だ。お前は昨日の戦いで、領主の薬矢を浴びて昏倒し、ここへ連れてこられた」
 事情を話すスィグルに、盗賊は苦笑を向けた。憶えていない訳ではなかろうが、毒矢に当たったのだと信じていただろう。本人はきっと、本当に死んだつもりでいたのだ。
 そう思うほうが常識的と言えた。
「そうですか。ではあれは悪夢のとば口だったでしょうか。怪物を目にしたように記憶しておりますが。思わず粟を食って逃走いたしまして、殿下には退出の礼もせずご無礼を」
 ファサルは笑って、どことなく気だるくそう詫びた。たぶん男は自嘲しているのだろうと、ギリスは思った。
 薬の見せた幻覚に、びびって逃げたのだと思っているのかもしれない。それが格好悪かったと、ファサルは思ったのだろう。
 確かにお前は、ものすごく格好悪かったと、ギリスは教えてやりたかった。
「お前が見たのは、こちらの配下の魔法戦士が使った幻視術だ」
 スィグルが教えてやると、ファサルは驚いたようで、その顔から笑みを消した。
「なんと。ではあれは、殿下の差し金でしたか。とんでもない魔法を、お使いになる」
「お前と、お前の率いる者たちを、なるべく無傷で捕らえるためだ」
「なぜそんな手間をおかけに。市街で吊そうというのですか。私はできれば斬首が好みです。贅沢は申しませんが、もしもお優しい殿下がえり好みをお許しくださるなら」
 再び笑ってみせて、ファサルは訊ねてきた。
 そう問われて、スィグルは玉座で沈黙した。
 答えないでいる王族を、ファサルはかすかな笑みのまま、見上げていた。
「お前は、市民の英雄だそうだな、ファサル」
 しばらくの後、スィグルは静かに口を開いた。
「私は盗賊の親玉です。殿下の黄金を盗むのを、生業にしております」
 ファサルは笑って答えたが、男がスィグルを警戒しているのは確かだった。この領主は、なにをとぼけたことを言うのかと、思っているのかもしれない。
「私が英雄になるのは、この街の民が不幸な時代だけのことです。殿下がご着任なさって以来、私はただの盗賊になりました。嘆かわしくも、喜ばしいことです」
 笑いながら、盗賊は領主を褒めた。ずいぶん皮肉な言い回しだと、ギリスは思った。その皮肉な性質は、いかにも当世風と言える。この盗賊はまさか、玉座の間(ダロワージ)を知るわけはないが、そこには皮肉屋が多かった。族長からして、そうなのだから。
「そんなお前と僕の、どちらが勝つか、市民は賭をしていたようだ。人気の程は、五分五分だったそうだよ。僕はそれに不満だが、ある僕の臣は、領主が五分とったのは快挙だから、喜ぶべきだと諌めた。お前も、その通りだと思うか、牛の目のファサル」
 その質問は、試みるような響きがした。
 ファサルは訝しむ目をし、それでもまだ微笑して答えた。
「牛の目のファサルが実際に英雄だったのは、殿下がお生まれになるより以前の話です。部族領が荒れ、領主は民を搾取していました。ファサルはもともと、手配を受け街を追われた政治犯でした。領主から盗んで、民に分け与えるのが本領だったでしょうが、やがてうやむやに、悪党やら何やら正体の分からないものに。民が賭けたのは、英雄のほうのファサルで、盗賊にではありませんよ」
「お前は悪党のほうか、それとも英雄のほうか」
 探る口調で、ゆっくり話していたファサルの言葉に、スィグルは獲物を見つけた鷹のように、鋭く舞い降りてきた。
 そう訊ねる声が、案外強かったので、ギリスは真顔で聞き、そして微笑した。どうやらそろそろ、玉座に座るほうの顔が見られそうだと思って。
 ファサルは虚を突かれたふうに、笑みの残滓を顔に残したまま、いっとき沈黙した。話の筋道が、向こうには見えないだろう。領主は捕らえた盗賊を処刑するものだと、信じているだろうから。
「英雄として死ぬべきでしたら、そのようにお計らいくださっても、構いませんが。できましたら私の手下には、あまり過酷な罰はお与えになりませんよう。悪党ですが、他に生きる道がなく、そうなった者もおります。私の命令に、従っていただけです」
「無傷のまま放免してやってもいい。お前の返答しだいでは」
 食い入るような目でファサルを見つめ、スィグルは相変わらずの、険しい顔だった。微笑めばいいのにと、ギリスは思った。ここで微笑む余裕があれば、たとえ虚勢でも、それには効果があったはずだ。なにしろ有り難い王族のお前には、たとえ面構えは似ていなくても、あの笑う名君の血が流れているはずなんだから。
「お前は僕の金庫から盗んでいる。うちの守備兵が、弱体なのは知っているだろう。盗賊を討伐するために兵を強化するよう命じたら、うちの金庫番は、そのほうが金がかかるから、放置してお前らに盗ませたほうがましだと言った」
 渋面で暴露した領主に、謁見の間に物見高く集まっていた宮殿の者たちが、沈黙のままおたおたするのが感じられた。ギリスも思わず立ち上がりたくなった。こいつは何を言い出すのかと思って。
「ファサル、お前は僕からどれくらい盗むか、どうやって決めているんだ。全ての輸送馬車を襲おうと思えば、お前には可能だったはずだ。鉱山の精錬所から運ばれる金塊を、全て盗むことだってできただろう」
 じっと睨む黄金の目で見下ろされ、ファサルはもう、混乱した真顔だった。頷きながら聞き、ファサルは薄く唇を開いたが、返答したのは、ややあってからだった。
「理屈としては、可能だったでしょうが……そういうことは、いたしません。殿下も市民から、収益を根こそぎ税として取り立てたりは、なさいませんでしょう。私は手下どもの腹がふくれて、命を賭けるに見合った多少の贅沢をさせてやれれば、それでいいのです」
「つまりお前たちは、僕の金庫から盗むのに、命をかけているのだよな」
 ファサルはぽかんとしたような顔で、黙って頷いた。要約されずとも、盗賊とはそういう生業だ。
「馬鹿げた話だ」
 さらに険しい渋面になって、スィグルが呟いた。
「ラダックは……僕の金庫番だが、お前らに金貨をやってもいい、そのほうが損益が少ないと言っていた。僕は盗賊から金塊を守りたい。ちょこちょこ盗まれると腹が立ってしょうがない。そしてファサル、お前は手下どもの命乞いをした。だったら三者の利益は釣り合っている。ラダックがお前に払い、お前が僕の金塊を守り、僕はお前を英雄にする。それで手を打とう。そうすれば誰も死なずにすむし、市民は英雄を得て喜ぶだろう」
 それが正論だというように、スィグルは言ったが、盗賊はまだ、ぽかんとしていた。
 処刑されるのだと覚悟を決めていた頭で聞けば、脳が引っ繰り返るような話だろう。
「それにあたって肝心なのは、お前が英雄になりたいか、そして、手下の命が惜しいかだ」
 スィグルはいつもの話の癖か、要点だけを抜き出して示してきた。
「手下を殺されたいか、ファサル。記録によれば、最初のファサルを殺した時、領主は手下どもまでも拷問して殺したらしいが」
 いかにも胸が悪いという顔をして、スィグルは教えた。ファサルはその詳しい経緯を知っているような顔をした。渋面を隠す盗賊は、愉快そうではなかった。
「僕はそういうのは好みではない。せっかく綺麗にした広場が血で汚れる」
 スィグルは市場前の広場のことを言っているらしかった。
 それではあの場が、かつては処刑場だったのかと、ギリスは驚いた。

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