もえもえ図鑑

2008/09/28

悪党の取り分(2)

 あら、とサフナールは言った。それは、暖かいような声色だった。
 かすかに笑みを浮かべている華奢なエル・サフナールの姿を二歩先に見上げて、ルサールは脂汗をかいていた。
 よくぞここまで肉薄したものだと思った。人垣を押しのけると、娘たちは虚を突かれた様子で、きょとんと道を空けたのだ。
 やってみるものだ、なんでも。案外道が開くものだ。とりあえずここまでは。
「あなたは、どこかで見たことがあるような気がします」
 サフナが微笑んで言うので、ほんとに知らないのかと、ルサールは情けなくなって、頷いた。
 曲がりなりにも同じ治癒者どうしで、自分たちはずっと、サフナにとっては最大の好敵手だった、エル・ジェレフの弟子だったのだ。
 確かにこちらの能力は振るわず、ジェレフも同僚と争って舎弟をけしかけるような人ではなかったから、サフナールやその取り巻きと直接に事を構える事態はなかったが、それでも施療院では時々、同じ部屋にいたんだよ。全然気づかなかったんですか、あんた、と、ルサールは内心寂しく突っ込んだ。
 サフナールはもういい年のはずだが、間近に見ると、かなり可愛かった。どことなく儚げに微笑むのも、優しいお姉さんみたいで。
「なにかご用かしら、小さい英雄さん」
 その優しい声で、サフナールは訊ねてきた。なんだか、からかわれたような気がした。
「あのう……」
 ルサールは汗をかきながら、やっと声を出した。さっさと作戦を遂行しなければ、周りの女子どもが、なんとなく剣呑な顔つきになってきている。もう時間がない。
 サフナールは首を傾げて聞いていた。彼女は柔らかく結った髪に、花の形をした髪飾りを挿していた。
「す、好きです、エル・サフナール。今生の思い出に、一度でいいので、抱かせてください」
 言い切ったところで、なにか猛烈な戦意が周囲から立ち上ったのに、ルサールはぎゃーっと内心悲鳴をあげた。
 違うんだ、そういう意味じゃなくて、この場でただ抱き合うだけ。それだけなんだってと言いたかったが、女子どもはもう聞く耳が無い目つきだった。
 殺される。この女どもにもう殺されそう。
 顔を覆って、ルサールは蹲(うずくま)りそうになった。走って逃走するには、びびりすぎていたし、第一、逃げるわけにもいかなかった。
 彼女がだめだと言ったら、たぶん言うだろうけど、そしたら強引に抱きついて、髪の匂いを嗅がないといけない。できなきゃ兄貴(デン)に殺されるかも。それと女子どもと、どっちが怖いかというと、そりゃあもう兄貴(デン)のほう。嫉妬に焼かれて死ぬか、骨まで凍って死ぬかの違いにすぎないんだが。
 もう、覚悟を決めて抱きつくしか、とルサールが気合いを振り絞りかけた時、サフナールが可笑しそうに、うっふっふと笑った。
「思い出しました。あなたは、エル・ジェレフの弟(ジョット)ですね」
 近寄ってきて、顔を見せろというように、サフナールは頭を抱えているルサールの手をとって退かせた。その指がルサールの手を掴んだことに、ルサールもびっくりしたが、周りの女子たちはもっとぎゃーっとなっていた。
「ジェレフは立派な英雄でしたけど、もっと長く活躍してほしかったですね。あなたたちも、まだまだ修行中の身だったのですもの。三つ子ちゃん」
 優しく頷いて、サフナールは慰めてくれた。その、可憐に睫に縁取られている大きな目が、なんとなく、淫靡なようであるのを、ルサールはぼけっと見上げた。なんだろう、ちょっと、気持ちよくなってきた。
「お一人だったから、すぐには気がつきませんでした。兄弟たちは、どうしたのですか」
 手を握って、にこにこ訊ねられ、ルサールはどぎまぎしてきた。
「いますけど、向こうに……」
 アミールとカラールが待っている方向を示そうかと、ルサールは思ったが、サフナールが手を離さなかったので、結局曖昧に振り向いただけだった。それでも彼女には、ほかの二人がどこにいるか、分かったらしかった。
 楽しげに爪先をあげて、小柄なサフナールは、広間(ダロワージ)の人垣に、臆病な兎のように潜んでいたアミールとカラールを、目ざとく見つけたようだった。
「まあ、ほんとに同じ顔」
 くすくす笑って、サフナールはこちらに目を戻してきた。
 そして身をかがめて、彼女はルサールに耳打ちしてきた。
「三つ子なんて、珍しくて可愛いわねえ。わたくし、はじめてです。三人まとめてだったら、抱いてあげてもいいわ」
 ああそうかあ、と、ルサールはちょっと残念に思った。三つ子だからか。
 そうなんだって、という目で、こちらの様子をうかがっていたアミールと見つめ合うと、兄はぎょっとした顔をした。
 しょうがないよアミール、三人まとめてなんだって。この際しょうがないよ。だってなんだか、気持ちいいんだよ、この女(ひと)は。
 とろんとした気分で、ルサールは甘いサフナールの香りを嗅いだ。それにはなんとなく、紫煙蝶(ダッカ・モルフェス)の残り香が漂っていた。まるで彼女が今や、この華麗なる玉座の間(ダロワージ)の化身であることを、表すかのように。
 その彼女が望むものに、へたれ治癒者の分際で、逆らえるはずもなかった。

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