もえもえ図鑑

2008/11/16

族長と伊勢エビを食う(2)

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「腹が減ってるからじゃないですか。『名君双六』(3)-2によれば、族長の腹が痛むのは、”腹が減っているか、変なもんを食ったか、悩んでいるか”だそうですから。変なもん食ってないですよね、まだ。なにか悩んでるんですか」
「データ君かお前は……」
 食卓に縋って、リューズはレモンの酸味のある水を飲んだ。
 とんでもない刺客が来たもんだ。こいつはただの薄ら馬鹿なんだと思っていた。
「データ君ですよ、俺は。精読する質なんです。ご存じなかったんですか」
 けろりとしてエル・ギリスは答えた。ご存じなかったという意味で、リューズは水を飲みながら頷いてやった。
 さすがに廷臣や魔法戦士もうようよいるとなると、全員をカバーしてるわけじゃない。名前と顔くらいは何となく知っているが、それだけという者も多くいる。特に魔法戦士はイェズラムの縄張りだったので、彼らとは少々距離を置くようにしていたし、世代も激しく違うちびっ子となると、正直もう誰が誰だか分からないような相手だ。
「吸っていいですよ。俺、黙っときますし。一服も二服もおんなじです。それにここは異次元なんでしょ」
 急に誘惑するような事を言って、煙草盆を差し出し、エル・ギリスはにやっと歯を見せて笑った。悪ガキくさいやつだと、リューズは思った。本当にイェズラムに育てられたやつなのか、これが。見た感じ、あくまでガサツっぽいが、よくそれでイェズラムにシバキ回されなかったな、こいつ。俺でさえシバキ回されたのに。晩年だったから、さすがのあいつも衰えたのか。
「いいじゃないですか別に。どうせ今回は俺しか来ないですし。終わったら俺はびっくりするくらいの勢いで、かなり忘れます」
 銀盆をぐいぐい差し出してきて、エル・ギリスはさらに強く勧めた。
「かなりって全部じゃないのか」
 リューズは気になって突っ込んだ。
「だいたい全部忘れます」
 なんでちょっと残してるんだよ。どうしても引っかかるそれを問うと、エル・ギリスは、ほっといてくれと言った。ちょっとくらい憶えといてもお役得ということで。
「どういう理屈だ。もういいよ。吸いたいから吸う。何もかもお前のせいということで」
 渋々と煙管をとって、渋々それに葉を摘め、リューズは火を差し出してきた、にこにこ顔のエル・ギリスを睨んだまま、夢薬の最初の一息を吹かした。
 懐かしい匂いだった。昔これにハマって、えらいことになった。当時は若輩で、つらいことが多かったし、目立った害のない薬だという触れ込みだったので、調子に乗ってもくもく吸ってたら、さすがにやり過ぎだったのか、幻覚が見えたりして、まじでやばかった。
 それがさすがにイェズラムにばれて、滅茶苦茶怒られたけど、それもまあ、適当に聞き流した。今にして思うと懐かしい思い出だった。当時はまだあいつも、朝儀のときは高座に侍ったし、玉座の間(ダロワージ)に飯を食いに来た。何事かあれば、族長部屋に説教しにも来たのだ。
 そのときは、うるせえと思ったけど、その、うるせえのが、良かったんだよなあ。
 あー。
 懐かしい。
 って、お前はなにをガン見しているのだと、リューズはふと我に返って、煙管をふかすこちらを凝視しているエル・ギリスを見返した。
「なにをそんなに必死で見てるんだよ」
「いやあ。この瞬間に族長がなにを妄想してんのか、知りたい人は多いらしくて。俺も知りたいです」
 そういうエル・ギリスは、こちらが何を考えているのか、透視してやろうみたいな目つきだった。リューズはそれにたじろいだ。まさかこいつは読心はできないのだよな。
「そんなの俺のプライバシーなんだよ」
「でもこれ族長視点ですよ。だから脳内情報垂れ流しですよ。俺も後で読みますから」
「後で読めないように目つぶし食らわすぞ……」
 思わず本音で言うと、エル・ギリスはぽかんとした。
「えっ。それ、マジで言ってるんですか。族長がそんな人だと思ってなかった」
「俺は案外そういう人だよ。サディストの家系なんだよ。お前の養父(デン)が、そんなのは玉座の徳にふさわしからぬとクドクド言うので、なるべく我慢してきたんだよ。だけどもうあいつは死んだのだから、お前も気をつけないと首を刎ねちゃうぞ」
 煙に酔って気が大きくなってきたのと、何だかもう面倒なのとが相まって、リューズは適当に思ったことをそのまんま言ってやった。なんとなく、この若造に気をつかってやるのも馬鹿らしいのだ。
「俺、次代の射手なんですけど」
 それでも首を刎ねちゃえるのかと、そういう態度で、エル・ギリスは言っていた。
「それがどうした。息子がいつもお世話になっております」
 遠慮無く煙をふかして、リューズは適当に挨拶しておいた。
「ものすごくお世話してます」
 ちょっと切ないというような顔で、エル・ギリスは訴えてきた。その顔がすごく大変そうだったので、リューズは思わず苦笑した。射手っていうのは苦労するもんらしい。
「苦労してるのか、お前も。それでも俺の世話をしたお前の養父(デン)よりは、何倍もましだよ。スィグルは真面目だし、頭もいいだろう。根性もあるし。ほんとにもう、どこに出しても恥ずかしくないような立派な息子なんだよ」
「だったら継承指名してください。今ここでしてください。電話して呼びますから」
 食らいつくような真顔になって、エル・ギリスは頼んできた。リューズはそれに焦った。
「呼ぶな! お前さっき誰も来ないって言ったんじゃなかったか。それで信用して煙吸ってんだろ。よりによって息子なんか呼ぶな」
 約束を破る気はないのか、エル・ギリスは、そうだったと思い出したような顔をして、ふう、と残念そうにため息をもらした。
「俺は早く、安心したいんです、族長。あいつが即位できるって、生きているうちに確かめたいんです」
 うつむいて、そう訴える様子は哀切なようでもあった。
「そりゃあ誰だってそうだろう。だからって焦るな。焦っちゃうのはお前ら魔法戦士の悪い癖なんだよ。まあ、それも無理もないけど。しかし部族領の命運がかかっているんだ、俺にもっと考える時間をくれないと困るよ」
「考えるって、この上なにを考えるんですか。あの子もこの子も可愛いなあみたいな親馬鹿ですか」
 じっとりと恨みがましい声で、エル・ギリスは非難してきた。
 もしもそうだったら何なんだよと、リューズはむっとした。そんなの親なら当たり前だろ。同じように生まれ育ってきて、皆それぞれ努力しているのに、あいつを選ぶから、お前たちは諦めて俺と死んでくれと、一体どこの親が平気で言えるのだ。まあ、そりゃあ、俺の親は平気で言えたみたいだったけど。俺はちょっと、子供に感情移入しすぎたよ。
「スィグルはな、戦時に向かない性質だろう」
 訊ねる口調で言うと、エル・ギリスは痛恨の一撃をくらったような顔をして、ぐっと身構えた。
「そうでしょうか」
「そうでしょうか、って。その通りですって顔に書いてあるぞ」
 目を泳がせるのを堪えているらしい若造を、鼻白んで見つめ、リューズは指摘した。
「書いていません! いつの間に誰が書くんですか、そんなもん!!」
 自分の顔をごしごし擦ってから、エル・ギリスはその手を見つめた。たぶん墨でもついてないかと、確かめているのだろう。リューズはそのリアクションに、思わずドン引きしそうになった。こいつ、本気のように見えるけど、本気なのか。
「……いや、もののたとえだよ。本当に書いてあるわけでは」
「なんだ! びっくりするじゃないですか。こんな真面目な話のときに、そんな妙な冗談を言わないでください。俺は真剣なんですから」
 確かに真剣そのものの顔つきで、エル・ギリスは怒っていた。
「いや……俺も一応、真剣なのだが……」
 煙管を銜え、リューズは所在ない気分になった。

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