もえもえ図鑑

2008/11/16

族長と伊勢エビを食う(1)

前知識:これは作者がイメージワークのために書いている箱庭時空モノです。
新星の武器庫」「銀貨三枚の矜恃」「発火点」「深淵」「名君双六」読了後にお読みください。(乙女堂の人は「夢薬の煙」も読んであるほうが、楽しいかもしれません)

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「なんで俺は、お前と二人っきりで、ここにいるんだろう」
 目の前の食卓に置かれた、薄切りのレモンの入った水のグラスを見下ろして、リューズは訊ねた。扇型をした食卓は、机というよりは調理台で、銀色に磨かれた鉄板が広々と敷かれており、その周辺の黒枠のあたりが、皿を供するためのスペースだった。
 水のグラスはその卓上で、たっぷりと結露して汗をかいていた。
 その食卓は畳敷きの個室の中にあり、床から生えたような調理台の周りは掘になっていた。だから椅子みたいに座れる訳だが、なせだかいつもの癖で食卓の前に胡座してしまう。生活習慣というのは、ちょっと異次元に来たくらいでは、そう簡単には抜けないものらしい。
 それにしても最近、鉄板づいている。この前はお好み焼き屋だったし、今回のはいわゆる、鉄板焼き屋だ。そんな灼熱した鉄の板を目の前にして、二人っきりで話をさせられるのが、楽しい相手だったら別にいいのだが、今回のはなんと、エル・ギリスだった。
 エル・ギリス。
 鉄板つき食卓の、隣の席に座っている若いのを、リューズは横目に眺めた。
 なんでエル・ギリス。俺とエル・ギリス。
 どう考えても異色の取り合わせだが、一体何がどうなって、こういう事になったのか。
 しかもエル・ギリスは、なぜか部族伝統の長衣(ジュラバ)ではなく、黒地のTシャツにジーンズだった。しかもTシャツの胸には白抜きの墨書体で、『愛』と書いてあった。
 愛はともかく、半袖というのはどうかと、リューズは思った。部族では人目に肌を晒さないのが習わしで、どんなに暑かろうが長袖だ。それなのに破廉恥にも腕など晒して、まったくイェズラムが生きていたら何と言うだろうか。
 というか、あいつは今日は来ないのか。なんで来ないのだ、こういう時に来なくてどうするのだ。というか、むしろ、助けてくださいと、リューズは内心悶々とした。
 いろいろ自問してみたが、どう考えてみても、苦手な相手だった。
「あのな、お前はなんで、黙っているんだ。それになんで、半袖なんだ。仮にも族長である俺の前で、それはどうかと思うのだが」
 リューズが思わず説教口調になると、エル・ギリスはきょとんとしたように、色素の薄い灰色の蛇眼で、ぱちぱちと瞬いた。確か二十歳くらいのはずだが、子供みたいな仕草をするやつだった。
「族長も、半袖ですが」
 さらっと言われて、リューズは気づいた。本当の話だった。
「うわっ、なんで俺までTシャツにジーンズなんだ。こんな格好して大丈夫なのか、世界観的に」
 しかも黒地のTシャツの胸には、血のような真っ赤な染料で、『罠』と大書してあった。勢いのある達筆だった。しかもどこかで見たことのあるような筆跡だ。
「京都のお土産です。作者がこういうのを、京都の街で見たとかで、そのとき『罠』Tを族長に着せたいと思ったので、右脳がそれを受理したんだとか」
 まじめな顔で、エル・ギリスは教えてきた。
「どういう狂った話だ。せめて長袖にしてくれないか。落ち着かないんだ。それに俺は、餓鬼のころから冷え症なんだ。寒いんだよ」
 鉄板は徐々に熱せられて熱くなってきていたが、それと対抗するためか、部屋の冷房はガンガンに効いていて、肌寒かった。
「長袖はないです。法被(はっぴ)ならあります。新撰組のやつ」
「ふざけんな俺をなめてんのか。半袖でいいです」
 諦めてリューズはグラスの水を飲んだ。なんだか、こめかみがピクピクしてきた。
 もう十年以上も禁煙しているのに、なぜか無性に煙管を吸いたかった。たぶん何かに逃避したい気持ちでいっぱいになってきているのだ。状況がキツすぎて。
 というかイェズラムはいないのか。イェズラムは。この不忠者が。
「もうしょうがないか。さっさと話して、何かオチつけて、とっとと退却しようか」
 猛烈に口寂しいと思って、渋面で内心おろおろしていると、エル・ギリスが気が利くというか、なんだか嫌な間の良さで、さっと喫煙具一式を差し出してきた。灰を落とすための銀盆に、赤い煙管が乗っており、蓋のある白磁の椀には葉が、となりの器には火種が入っている。まだ燃やされていない葉からは、かすかに知ったような匂いが放たれていた。
「御用達の葉っぱです。夢薬」
 煙管をとれという真顔で、エル・ギリスが教えてきた。リューズはそれと、かすかな渋面で向き合い、深くため息をついた。
「なんでお前がそれを知ってるんだよ」
「調べました。最近ちょっと必要があったので」
「どんな必要なんだ。くんくん嗅ぎ周りやがって。それはまあいいが。麻薬(アスラ)は禁制なんだぞ。お前でもそれくらいは知ってるのだろ。禁を破ると斬首なんだぞ。自分で出した禁令を自分で破って、自分で自分の首を斬るのか。いくら俺でもそんな器用なことはできんよ」
 それになんで今さら連続禁煙達成記録を不意にしなきゃいけないんだよと、リューズはエル・ギリスにくよくよ言った。するとまた、若者は何か考えるように、ぱちぱちと目を瞬いた。
「俺調べでは、族長。連続禁煙達成記録は、とっくに破られています」
「そうだっけ」
 深刻な顔で、リューズは訊ねた。
「そうです。『深淵』141行目にて……」
 脇に幾つもあった黒い紙袋からがさごそと、びっしり文字の印刷された紙束を取りだしてきて、エル・ギリスはそれを参照した。
「”族長はジェレフの帯の隠しから煙草入れをとり、煙管に火を入れると、一息ふかして、甘い臭いのする煙を吐いた。袖で吸い口を拭ってから、銀の煙管を自分に差し出す彼の仕草を、ジェレフはどこか朦朧としながら眺めた。”……ね?」
 読んでんのか、お前。全部の番外編を。内心ぽかんとしながら、リューズは引用された文章を反芻した。
 そういえば、吸ったかも。でも、ちょっとだけだよ。ジェレフが遠慮してたんで、火をつけてやっただけだよ。一息は吹かさないと、火がつかないじゃん。
 でもまあ、とにかく、吸ったことは吸ったな。紫煙蝶(ダッカ・モルフェス)。
「斬首」
 エル・ギリスがぽつりと言った。
「いやいや、それはどうかな。墓所で、あの場にいたのはジェレフだけだった。それにあいつはもう、死せる英雄だ。だから証拠がないだろ」
 早口にリューズは言い訳した。それにエル・ギリスは真顔のまま、かすかに視線を揺らめかせた。なにか思案しているような顔だった。
「なんでジェレフに返すとき、吸い口を拭ったんですか。『名君双六』でエル・シャロームのを借りた時には、そのまま返してるのに」
「そんなのいちいち憶えてないよ」
 うるさくなって、リューズは顔をしかめた。
「エル・シャロームはよくて、ジェレフだと嫌な何が」
 あくまで追求する口調で、エル・ギリスはしつこかった。尋問かこれは。
「そういうんじゃないよ。普通は拭うもんなんだ。シャロームの時はたまたま忘れたんだろう」
 二十歳そこらの頃の生活のヒトコマなんぞ憶えてないよとリューズは悔やんだ。それでなくても当時のことを思い返すは愉快ではない。まさかあの連中がすぐに死ぬとは思っていなかったのだ。
「普通は、拭う。それが作法で、イェズラムは作法にうるさかった。だからわざと、拭わなかったとか。それとも親しければ、いちいち拭わない回し喫(の)みもありか、みたいな、そんな話ですよね族長」
「そんな話なのか……」
 なんだか冷や汗出てきた。エル・ギリスは真顔でなおも言った。
「族長は、両刀なんですか?」
「助けてくれ……」
 そんな単刀直入っていうか、いくらこの場でも真正面から取りざたしていいのかみたいな事を訊かれて、本人がなんと返事をするべきか、考えるだけで胃が痛い。それはボカすところだろ、作品的に。そう思いたい人が、そう思うところだろうが。
「なんか俺、腹が痛くなってきたよ」
 胃のあたりを押さえて、リューズは呻いた。

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