もえもえ図鑑

2008/10/05

名君双六(2)-1

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 会談室は通常は、客用の部屋だった。よそからやってきた者を招き入れて、茶なり酒食なりを供して接待するための場所だ。
 いつも現れるなり、長(デン)をそこへ連れ込むシャロームには、部外者のような気配がするのだろう。派閥の者が命じたらしく、後からやってきた女官は、客に供するような華麗な茶器に、シャロームに飲ませる茶を入れてきた。
 派閥の備品は、代々の伝来のものだった。外から来た者に供するものは特に、派閥の力を誇示する目的で、贅をこらした逸品である。女官が持って現れた茶器も、暗い朱の彩色のうえに描かれた鳥の絵が、年を経た今もまだ生きているような、本来ならもう、茶を入れて飲むようなものではない芸術品だった。
 下座に出されたそれを見下ろし、シャロームはどこか、困ったような顔をした。
「なんだろうなあ、これは。こんなので茶を飲まされるとは、俺もとうとう派閥から追い出されちまったよ、長(デン)」
「気にするな、シャローム。お前はよくやっている」
 イェズラムは褒めたが、それでもシャロームは苦笑していた。
「さっきの餓鬼はなんですか。長(デン)の前で、あんなふざけた話をしやがって。俺がいっぺん締めておこうか」
「今頃、なにがまずかったか、他の者が教えているだろう」
 イェズラムはたしなめた。するとシャロームは、手ぬるいなという不満げな顔をした。
「長(デン)も隠れ治癒者でしょうが。道義に悖(もと)るてなことを、あんな餓鬼にけろっと言われて、むかっ腹が立たないんですか」
「俺を批判したわけじゃない。知らずに言ったんだ。許してやれ」
 諭すイェズラムに、そんな馬鹿なというふうに首を横に振ってみせ、シャロームは不味いものでも食ったような複雑な表情をした。
「兄貴(デン)も甘くなったよ」
「長い目で見てやれ、シャローム」
 そう言うと、シャロームはいかにも可笑しそうに、けらけらと笑った。
「それは無理です。俺はもう先がないから。短い目でしか見られねえよ」
 自分の頭の石を指さして、シャロームは言った。表に出ている灰緑色の石は、大して酷いようには見えなかったが、最近、戦地から戻ったあとに、施療院の透視者に視させたといって、その足でイェズラムのもとへ報告に来たときには、さすがのシャロームもどことなく青い顔をしていた。
 あと二、三戦かな、長(デン)と、端的に告げるシャロームには、イェズラムも頷くしかなかった。話を聞けば、その通りとしか思えなかったからだった。
 しかし今ここで、それについて話し合う気はなかった。
「リューズはどうしてる」
 イェズラムは本題を促した。シャロームは、どこから話すかというふうに、目を眇(すが)め、記憶を遡るように斜め上を睨んだ。
「族長は、部屋で双六(すごろく)をしています。自分で作ったやつを。これでもう、丸二日かな」
 それを聞き、イェズラムは煙管を吸いたくなった。しかしまだ、それには火が入っていなかった。そういえば吸いそびれたまま、ここへ連れ込まれたのだった。
 話のとっかかりを聞いただけで、すでに苛立ってきて、頭痛が増していた。
「今朝の朝儀のとき、リューズはおかしかった」
 相づち代わりにそう答え、イェズラムは煙草入れから火種を取りだした。シャロームは頷いて、それを聞いていた。
「酔っぱらってたんでしょう。遊びながら、吸いっぱなしだから。自分が吸わなくても、誰かが吸ってるし、煙が充満してて、抜ける間もないです。そのまんま着替えて、玉座の間(ダロワージ)へご出陣」
 シャロームは敢えて言いはしなかったが、それは麻薬(アスラ)の話だった。リューズには即位前から、喫煙の習いがあった。
 魔法戦士と親しく付き合っていれば、それも別段、不自然ではなかった。
 イェズラムとリューズとは乳兄弟で、本当に血の繋がった王族の兄弟たち以上に、身近に過ごしてきた。リューズは幼年の頃にはおそらく、自分も魔法戦士のひとりだと勘違いしていたのではないだろうか。もしくはこの世に魔法戦士以外の者がいることに、あまり気がついていなかったか。
 こちらに付き合って、魔法戦士の派閥に籠もり、戦の後にはもうもうと煙を上げる者たちの間に居れば、それが普通だと思うだろう。
 苦痛が始まり、煙管を使う自分に、なぜ吸うのかとリューズが問うてきた時も、イェズラムは痛いからだとは答えなかった。その事実を隠すのが、嗜みだったからだし、まだ子供だったリューズに、イェズラムは、自分がいずれ死ぬ話をしたくなかった。
 だからリューズは昔、魔法戦士が麻薬(アスラ)の煙を漂わせるのは、単なる嗜好だと思っていたようだ。そしてそれを英雄らしい見栄えの良さと、勘違いして憶えた。
 魔法戦士にとって、それは悪習ではなく、やむを得ないことだった。王族にとっても、一時の気晴らしとして、麻薬(アスラ)を嗜む者はいる。しかしリューズのそれは、時として、嗜むという域ではなかった。
 このままでは危ないと、以前から時折イェズラムは思ったが、リューズはその頃、即位するはずのない立場だった。リューズが戴冠するほんの少し前までは、彼の異腹の兄アズレルが、継承争いの本命株として燦然と輝いており、リューズはその新星の即位とともに、死を賜る運命だったのだ。
 それが怖くて、素面(しらふ)では耐えられず、煙で酔いたいのだろうかと思うと、なんともいえず哀れで、やめろとも言いにくかった。どうせ長くもない一生だと割り切り、それでリューズの喫煙を放置していたのだったが、いったん玉座に座った今、事情はまるで違っていた。
 あいつには、一日でも長く生きてもらわねばならない。まだ世継ぎもいなければ、戦のまっただ中だった。
 暗君として知られるリューズの父親である先代の族長は、敗戦に継ぐ敗戦に怯えて麻薬(アスラ)に耽溺し、かなりの短命だった。リューズにその二の舞をやらせるわけにはいかない。それでなくても王家には、長年の血の澱か、早逝の気があるのだ。
「喫煙を控えさせろ、シャローム」
 そう命じながら、はき出す煙が苦いような気がして、イェズラムは顔をしかめた。
「無理です、言って聞くような玉じゃないでしょう、リューズは。俺や、ビスカリスやヤーナーンは吸うのに、なんで自分はだめなのかって、ご機嫌斜めになるのが落ちです」
 ビスカリスとヤーナーンも魔法戦士だった。シャロームとともに、気に入られてリューズの近侍だ。
 元はといえば、戦場で敵陣に突撃したいというリューズの護衛の目的で、気に入りそうな性格の魔法戦士をイェズラムが選び、側に付けたのが始まりだったが、それがよっぽど気に入ったのか、王宮にいる間にも、身近に侍らして遊び歩く始末だった。
 二十代も後半に入る三人の魔法戦士は、どれもそろって堪え性のない性格をしており、その出し惜しみのない魔法で、激戦の時代を戦ったせいで、三人揃ってすでにもう、末期と言える病状だった。中でもシャロームは運がないようで、特に進みが早い。薬無しで耐えろというのは無理な注文だった。
 そろそろ入れ替え時期なのだと、イェズラムには思えたが、それもなかなか言いだしにくかった。お前らはもう死ぬだろうから、他の者に近侍を譲れというのでは、あまりに可哀想な気がして。
「それで……ビスカリスとヤーナーンは、まだリューズの部屋なのか」
 皺の寄ってきた眉間を揉んで、イェズラムは尋ねた。リューズをなるべく一人にするなと、彼らには命じてある。一人にしておくと、なにをするか分からないようなところが、リューズにはあるので、常に誰か監視をつけておきたかったのだ。
「いいえ。それが、俺はとっとと戻らないと」
 持ってきていた錦の巻物を、シャロームは懐から取りだし、イェズラムに示すともなく示した。
「双六(すごろく)の途中なんです、長(デン)。賽子(さいころ)の出目に従って、止まった枡目に書いてある命令に、従わないといけない決まりなんです。それで俺のはこれなんですが……」
 シャロームが携えているのは、確かに、族長が下命するための、錦で裏打ちされた命令書のように見えた。
 あいつはそれを、遊びに使っているのかと、イェズラムは軽い目眩を覚えた。
「ヤーナーンは今、『玉座の間(ダロワージ)を裸で走る』に向けて精神統一中です。ビスカリスは、『女官の服で女部屋に潜入』して、ばれて、魅惑の袋叩きに……」
 手を挙げて、イェズラムは頭痛に目を伏せたまま、喋るシャロームの言葉を止めた。
「あのな、『玉座の間(ダロワージ)を裸で走る』というのは、ヤーナーンが玉座の間(ダロワージ)を裸で走るという意味か?」
「……そうです」
 シャロームはさすがに言いにくいというふうに答えた。

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