もえもえ図鑑

2008/09/20

新星の武器庫(50)

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「そうです。殿下の戦闘を見学して、僕も感銘を受けました。それで、急に闘士が湧いてきて、どうやって戦おうかと」
 それで、それで、守護生物(トゥラシェ)の群れと骨肉の戦いをしてきた族長リューズに、その父に命がけで仕えてきた廷臣たちに、良い怪物のお話をすることにしたというのか、お前は。
「ギリスに勝るとも劣らない怖いもの知らずだよ、お前は」
「そうですね。でも殿下、自分の描きたいものを描くためには、戦わないと。これが殿下の御代の戦闘ではないんですか」
 良い怪物の絵を見せて、シャムシールはにっこりしていた。
 この男は、なんて勘が良いのだろうと、スィグルは腰が抜けそうだった。
「僕は殿下の尖兵です」
 自分がなにをしているのか、すっかり理解しているふうに、シャムシールは微笑んで言った。
 まさかこのにこやかな男が、こんな武闘派だったとは。
 才のあるお前がなぜ、王宮で落ち溢れていたのか分かるよと、スィグルはシャムシールを見つめた。
 非常識だからだ。
 自分の感覚が常識から遠くても、自分を曲げようとしないからだ。
 スィグルは庭園の昼食のときに、シャムシールと約束したことを、早々に果たさねばならないなと思った。
 森の部族にも絵を描く者がいるのか、シェル・マイオスに訊ねなければ。もしもいるなら、この絵師に、それを教えてやらねば。
 あちらの絵師の描いた絵を見て、こいつなら、美しいと言ってくれるかもしれない。夢みたいな絵ばかり描いていて、怖い目にあったことがないという、この男なら。
「従軍するのか、シャムシール」
 びっくりしたように、ギリスが訊ねている。シャムシールはそれに、声をあげて笑っていた。
「だったらお前、そうとう鍛え直さないと無理だよ。矢が飛んできてもぼけっとしてた度胸は買うけど。悪いこと言わないから、ずっと絵を描いていたほうがいいよ。絵が上手いんだからさあ」
 ギリスはシャムシールの才能が惜しいようだった。自分の絵姿に感銘を受けたようではなかったが、ギリスはシャムシールの工房の壁にいる兎たちを気に入っているのだ。
「そうですか。じゃあお言葉に甘えて、そうしたいです。戦うほうはエル・ギリスにお任せして」
 懐から筆を取りだして、シャムシールはギリスの手から、画帳を取り上げた。
「このお話の蛇は、すべての魔力と引き替えに名君を助けたわけですが、それで幸せだったと思いますか」
 ギリスに質問して、シャムシールは何か書くような仕草で、画帳を開いて待っている。ギリスは目を瞬きながら、話の内容を思い返していたようだった。
「幸せなんじゃないの。名君だったんだし。それに……」
 真剣な顔をして、ギリスは蛇のことを考えているようだった。
「肉が食えたんだから」
 そう結論して、ギリスはシャムシールと見つめ合った。絵師は笑っていた。
 ギリスの返答には、たぶん深い意味はない。蛇が自分のことだと、気付いていない。もしもその結びつきを、理解する才が人並みにあれば、ギリスはなんと答えただろうかと、スィグルは思った。
 それでも氷の蛇は幸せだっただろうか。
「それじゃあ、お話の最後に、それで蛇は幸せでした。めでたし、めでたし、って書いていいですか」
「うん」
 あっさりと許したギリスの目の前で、シャムシールは筆を走らせ、その結論を付け加えた。
「じゃあ、これ、僕からの贈り物です」
「変な話だけど大事にするよ」
 受け取って、ギリスはシャムシールに礼を言った。そして盗賊のいる一枚をファサルに開いてみせ、指でびしびしと色違いの目の盗賊を撲ってみせた。ファサルはそれを苦笑して見ていたが、怒りはしなかった。
 スィグルもそれを、苦笑して眺めたが、やがて気付いて、真顔になった。
 ギリスは絵の中の盗賊が、ファサルのことだと理解している。だからファサルに見せているのだ。
 それなのにこいつは、氷の蛇が自分のことだと、理解できないのか。
「ああもう、ほんとにむかつく。シャムシールに頼んで、盗賊はぶっ殺す話しに書き換えてもらおうか」
 唸りながら、ギリスはファサルと戦うのを諦め、スィグルのほうに向き直って言った。
 それでも、もらった絵をギリスは大事そうに抱えていた。
「ギリス」
 スィグルは小声で呼びかけた。
「分かるのか、この話の寓意が」
 真面目に訊ねたスィグルに、ギリスはかすかに苦笑した。
「分かるよ、さすがに。シャムシールは俺に分かるように書いているんだよ」
 絵を開いて、ギリスはそれを指さした。
「氷の蛇が俺で、守護生物(トゥラシェ)、ファサル、グラナダ宮殿に、名君はお前だろ」
「盗賊になぜ子供が沢山いるのか、分かるか」
 訊ねると、ギリスは困ったような顔で首を横に振った。
「それは、昔のグラナダの市民だよ。沢山いて、みんな飢えてた。だから牛の目のファサルが宮殿と戦っていた。それに食べ物を与えて、問題が解決したんだ」
 説明してやると、ギリスは納得したように頷いた。
「なんで天使が出てくるの。お前が死んでも天使が助けるってこと? それ以前になんで、守護生物(トゥラシェ)が変身したらお前になるの」
 そのへんがギリスの自力での理解の限界らしかった。
 シャムシールにはそれが分からなかったのだろうか。それとも、分からないと知っていて、難題を与えたのか。
「天使には意味はないんだよ、ギリス。大事なのは、氷の蛇が魔法を捨てることのほうなんだ。戦わない名君のために魔法を捨てて仕えられるかという……そういう話なんだよ、これは」
 ギリスは答える代わりに顔をしかめた。
 それは魔法戦士として当然の反応と言えた。
「守護生物(トゥラシェ)がなぜ名君に変身するかは……」
 スィグルは説明しようとしたが、ギリスは聞いているのかどうか、分からないような顔をしていた。
 なんと言うべきか、スィグルは考えあぐねた。
 ぱたぱたと走ってくる足音がして、父親を引き連れたケシュクが飛び込んできた。
「エル・ギリス、これやるよ」
 上機嫌に、ケシュクはギリスの手に、小さな独楽(こま)を渡してやった。たぶんそれは、ケシュクの至宝である必勝の独楽だった。
 ギリスは手の中にある独楽を、じっと見下ろしていた。
「もらっていいの」
「しょうがない。俺も悩んだけど、他ならぬ英雄の誕生日だ。くれてやるから大事にしてよ」
 ケシュクは偉そうに言い、ギリスはそれに薄く微笑んだ。
「どうしたの、エル・ギリス。元気ないじゃん」
 首をかしげて、子供はギリスの顔を心配げに見上げている。
「元気ないんだ。腹減ったのかなあ」
 とぼけて答えたギリスに、ケシュクは納得したような顔で笑った。
「ご馳走食えばいいよ! それに、父さんの贈り物を見たら、絶対元気になるから」
 ケシュクはギリスにずいぶん懐いていた。話している様子を見ても、子供がギリスを好きでたまらないことは、あえて訊ねる必要すらなく良く分かった。
 それはギリスが子供に優しいからか、それとも子供のような彼が、同じ目線で付き合ってくれるからかもしれない。しかし根本的には、ギリスが英雄譚(ダージ)の英雄だからだ。
 もしもギリスが英雄でなければ、ケシュクはここまでギリスに懐いただろうか。
 それはどうだか分からなかった。ギリスは生まれついての英雄で、そこから逃れられない宿命だ。英雄でない自分など、ギリスは想像もつかないだろう。王族でない自分を、僕が想像できないようにと、スィグルは考えた。
 それは誇りの問題で、実際にどうか分からなかった。もしもどこかへ逃げて、額冠(ティアラ)を捨てて、何食わぬ顔で生きていくことができるなら、そのために宮殿の金庫にある金貨を全て投げ打ってもいいと、自分は思うかもしれなかった。それが不可能と思えるから、逃げようがないだけで。
 しかしギリスはどうだろう。
 逃げられるものなら逃げたいと、思うこともあるかもしれない。
 それでも、ギリスが選べるのは、英雄か、もしくは死病に冒された病人としての道だけだ。
「十連射です、エル・ギリス。まだ試作品ですが」
 イマームが、隠していた背から、まだ仕上がったばかりのような連弩(れんど)を、ギリスに差しだしてやった。
 それを見て、ギリスはあんぐりとした。
「十」
 それだけ叫ぶように言って、ギリスは驚いたような真顔のまま、イマームの手から連弩を受け取った。
「俺の発明だよ、エル・ギリス。とうとう夢の十連射だよ!」
 そう告げるケシュクは誇らしげで、実際に手がけたほうらしい父親のイマームは苦笑顔だった。
 ギリスは頷きながら、すかさず連弩を構えた。

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