新星の武器庫(41)
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三つ子は他人目から見れば、そっくり同じの三つ巴だったが、確かいつだったか、本人たちが、上と真ん中と下がいると言っていた。アミールが長兄で、ルサールが次兄で、カラールが末弟のはずだ。
それがどういう理由で決まった順序なのか、ギリスには分からない。まさか世の普通の三つ子のように、生まれた順ということもないはずだ。どういう順番で生まれたか、赤ん坊だったこいつらが、自分で憶えているわけはないし、王宮の養子である竜の涙の出自は一切記録に残らない。
たぶん、彼ら自身が勝手に決めて、思いこんでいる順序だろう。それとも誰かが、そういうことに決めたかだ。
昔から、三つ子に菓子を順番に手渡すときに、最初に手を出すのがカラールで、最後まで待つのはアミールだった。弟たちに分け前が行くのを見張ってから、アミールは自分の手を出した。遠くからこちらを見つけて、兄貴(デン)と声をかけてくるのも、だいたいアミールだった。ギリスがお前は誰だと聞いたら、そいつは大抵、アミールだと答えた。
三つ子の中にも序列があるらしい。
「この一月ばかり見た感じでは、殿下は兄貴(デン)の弟(ジョット)だろう」
アミールとおぼしき奴は、確信めいた口調でそう言った。
「そうかな」
そいつの目を見つめて、ギリスは訊ねた。
「そうだよ。だってこいつらも、疲れたり腹減ったりすると、俺に文句ばっかりだもん」
そっくり同じに見える、色違いの服の兄弟たちを、じろりと睨め付けて、そいつは言った。どこか恨めしげだが、それでも、面倒をみている者の口調だった。
ギリスは、そうかと納得して、煙管を吸った。
「お前も苦労するな、アミール」
試しにギリスはあてずっぽうで呼んでみた。
すると、そいつは笑い、そして頷いた。
自分はアミールではないとは、言わなかった。
「兄貴(デン)も大変ですよね」
「お前はそういうとき、どうやって我慢してるんだ」
ギリスは訊ね、アミールに煙管を貸してやった。するとアミールはまた微笑み、渡されたそれを、ありがたく吸った。
「我慢してないですよ。俺には兄貴(デン)がいるじゃん」
そうだった。こいつらはいつも、つらいことがあると、俺にぴいぴい泣きついてきた。
誰と喧嘩をしただの、誰に玩具をぶんどられたのと、大体はしょうもない困りごとで、ギリスはそれを放っておいた。自分でなんとかしろと追い返すと、三つ子は自分でなんとかして戻り、なんとかしました兄貴(デン)と報告してきた。それを、ああそうかと褒めてやり、それで終わりだ。
「そりゃあ、俺も大変だな。あの毒舌なのの面倒みるだけでも大仕事なのに、その上お前らまでか。俺は腹減ったときに誰に文句言えばいいんだよ」
ギリスは苦笑して答えた。三つ子はにやにやして、こちらを見ていた。
「兄貴(デン)には、エル・イェズラムがいるじゃん」
そう教え、アミールは煙管を返してきた。それを受け取り、ギリスは養父(デン)の形見として見慣れた長煙管を手の中に眺めた。
養父(デン)はもう死んでいる。アミールがそれを知らないはずはない。
それでもアミールはまだ、イェズラムが生きているかのような口調だった。
思い返せば、自分は、イェズラムに愚痴を言ったことはない。文句も言わなかった。お前は弱音を吐かないのが良いところだと、イェズラムは褒めていた。もともと、愚痴の出ない質ではあったが、そう褒められると、ますます文句も出なかった。
養父(デン)も我慢強い男で、持ち前の皮肉はよく口にしたが、決して弱音は吐かなかった。族長に幼少のころから仕え、即位と、その後の治世を支え、数々の激戦を戦い、宮廷でもさらに暗い争いごとを戦い抜いた養父(デン)は、晩年までかけて、途方もない量の苦痛を舐めていたはずだが、いつも平然として、皆に采配し、何くれとなく面倒を見ていた。
皆が尊崇する長老会の重鎮たちでさえ、イェズラムのことを長(デン)として敬った。確かにイェズラムは、魔法戦士たちにとって、父であり、長兄である、長老会の統率者だった。そして族長の兄(ディノトリス)でもあったのだ。
その座をお前に譲ると、イェズラムはギリスに言った。お前を新星の射手に選ぶと。
そんなものが、俺につとまるだろうかと、どうにも疑問で、ギリスは訊ねた。
大丈夫だと、イェズラムは保証した。すでに決まりきった事実を、ただ教えているような、確信めいて寛いだ普段の口調だった。
候補者は何人かいたが、与えられた菓子を、自分より弱いものに配ったのはお前だけだった。だからお前がディノトリスだ。部族の兄(デン)として皆を守り、助けていけ。一番つらく、痛みのともなうことを、お前が皆の代わりにやってやれ。お前は誰より苦痛に耐えられる体に生まれついた。それは代々の射手にとって、数知れない世代を経た奇蹟だ。
お前は頭も切れるし、度胸もある。魔力にも優れ、面倒見もいい。お前よりふさわしいものが、他にいるか。誰がなんと言おうが、胸を張って生きていけ。お前は俺を凌ぐ、大英雄になれる。
イェズラムはその話を、長老会の面々が皆聞いている中でしたので、感激するギリスを笑い、歴戦の魔法戦士たちは、まあなんと親馬鹿な長(デン)よとからかった。
イェズラムは確かに、折に触れてギリスを褒めた。日頃決して甘くはなかったし、むしろ厳しく養育される日々だった気がするが、それだけに、時折与えられる砂糖菓子のような混じりけなく甘い褒め言葉は、ギリスの腹にしみた。
それはいつもギリスの自信の源だった。子供の頃も今も変わらず。
そして多分、イェズラムが死んだ今も、かつて与えられた数々の言葉に、自分は力を与えられ続けるだろう。その記憶が残る限り、養父(デン)は自分の中に生きている。英雄譚(ダージ)が英雄を、永遠に生かすのと同じように。
なるほどなあとギリスは思った。
「アミール、お前、天才じゃないか」
「えっ、何言うんですか急に」
気味悪そうにアミールが顔を引きつらせた。そんなこと言っても何も出ませんよという、警戒感のある顔だった。
「いやあ、単にそう思ったから。お前らが来た時、なんでこんなゴミみたいなやつらがと思ったもんだったけど、案外また新たな天才がグラナダ宮殿の面子に加わったのかもしれないなあ」
ギリスが独り言のように呟くと、三つ子はぎゃっとわめいた。
「そこまで思ってたの、兄貴(デン)!」
「ゴミなんてあんまりだ」
「ひどい人とは思ってたけど、そこまでとは」
もう薬が効いて、痛みもとれたろうに、三つ子は頭を抱えてじたばた悶えた。
「いや、ゴミかと思ってたのは、さっきまでで。今は天才かな、って……アミールだけだけどな」
ギリスは宥めた。
「鬼だ」
「鬼!」
カラールとルサールは叫び、なおも悶えていた。
「我慢しろ、お前たち。兄貴(デン)は昔からこういう人だったろ」
弟たちの肩を叩いて、今度はアミールが宥めた。すると二人は、観念したように呻き、大人しくなった。さすがだアミール、さすが兄と、煙管を吸いながらギリスは感心した。たった一言で、このアホどもを鎮めるとは、統率がとれている。今後、三つ子になにかやらせる時には、アミールに頼もう。
「お前らいつタンジールに帰るの」
「えっ、俺ら追い返されるの!?」
三つ子は判でついたように、まったく同じ驚きの声をあげた。
「うん。行ったり来たりしろよ。鷹通信(タヒル)の鷹みたいに」
にっこりして、ギリスは何となくしょんぼりとした三つ子たちを励ました。
「俺は新星のそばを離れられないから、お前らが代わりに、タンジールで仕事してくれ」
「ええ、仕事かあ」
「やっとここに慣れてきたのに」
「俺らもずっとここにいたいです」
渋々とした顔で、甘えた声を出す三つ子は、まだ少々頼りない子供だった。大人になりきっていない。
「お前らここに来たとき、エレンディラ派のサフナールが族長の侍医になったって言ってたろ」
ギリスはその話をずっと憶えていた。
世間話のつもりだったか、三つ子は首を傾げた。憶えていないらしかった。
そりゃあ随分、天然で目端の利くやつらだとギリスは感心した。
「侍医になってから、サフナの石はどうだ」
エル・サフナールは美しい女だった。死んだジェレフとほぼ同期の、中堅どころの治癒者で、側頭に現れた青い石がまるで髪飾りみたいで、どことなく可愛い感じがする。しかしその実、その可愛げのある女を武器にした、強かなやり手だった。ジェレフなんていつも、あいつに仕事を押しつけられて、なんだかよく分からんうちに、サフナの分まで石を肥やす羽目になっていた。
「エル・サフナールの石……こんな感じ」
そう言って、アミールは懲りもせず幻視術を使った。寝台の上に、手のひらに乗るほどの小さな、エル・サフナールの姿が現れた。
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三つ子は他人目から見れば、そっくり同じの三つ巴だったが、確かいつだったか、本人たちが、上と真ん中と下がいると言っていた。アミールが長兄で、ルサールが次兄で、カラールが末弟のはずだ。
それがどういう理由で決まった順序なのか、ギリスには分からない。まさか世の普通の三つ子のように、生まれた順ということもないはずだ。どういう順番で生まれたか、赤ん坊だったこいつらが、自分で憶えているわけはないし、王宮の養子である竜の涙の出自は一切記録に残らない。
たぶん、彼ら自身が勝手に決めて、思いこんでいる順序だろう。それとも誰かが、そういうことに決めたかだ。
昔から、三つ子に菓子を順番に手渡すときに、最初に手を出すのがカラールで、最後まで待つのはアミールだった。弟たちに分け前が行くのを見張ってから、アミールは自分の手を出した。遠くからこちらを見つけて、兄貴(デン)と声をかけてくるのも、だいたいアミールだった。ギリスがお前は誰だと聞いたら、そいつは大抵、アミールだと答えた。
三つ子の中にも序列があるらしい。
「この一月ばかり見た感じでは、殿下は兄貴(デン)の弟(ジョット)だろう」
アミールとおぼしき奴は、確信めいた口調でそう言った。
「そうかな」
そいつの目を見つめて、ギリスは訊ねた。
「そうだよ。だってこいつらも、疲れたり腹減ったりすると、俺に文句ばっかりだもん」
そっくり同じに見える、色違いの服の兄弟たちを、じろりと睨め付けて、そいつは言った。どこか恨めしげだが、それでも、面倒をみている者の口調だった。
ギリスは、そうかと納得して、煙管を吸った。
「お前も苦労するな、アミール」
試しにギリスはあてずっぽうで呼んでみた。
すると、そいつは笑い、そして頷いた。
自分はアミールではないとは、言わなかった。
「兄貴(デン)も大変ですよね」
「お前はそういうとき、どうやって我慢してるんだ」
ギリスは訊ね、アミールに煙管を貸してやった。するとアミールはまた微笑み、渡されたそれを、ありがたく吸った。
「我慢してないですよ。俺には兄貴(デン)がいるじゃん」
そうだった。こいつらはいつも、つらいことがあると、俺にぴいぴい泣きついてきた。
誰と喧嘩をしただの、誰に玩具をぶんどられたのと、大体はしょうもない困りごとで、ギリスはそれを放っておいた。自分でなんとかしろと追い返すと、三つ子は自分でなんとかして戻り、なんとかしました兄貴(デン)と報告してきた。それを、ああそうかと褒めてやり、それで終わりだ。
「そりゃあ、俺も大変だな。あの毒舌なのの面倒みるだけでも大仕事なのに、その上お前らまでか。俺は腹減ったときに誰に文句言えばいいんだよ」
ギリスは苦笑して答えた。三つ子はにやにやして、こちらを見ていた。
「兄貴(デン)には、エル・イェズラムがいるじゃん」
そう教え、アミールは煙管を返してきた。それを受け取り、ギリスは養父(デン)の形見として見慣れた長煙管を手の中に眺めた。
養父(デン)はもう死んでいる。アミールがそれを知らないはずはない。
それでもアミールはまだ、イェズラムが生きているかのような口調だった。
思い返せば、自分は、イェズラムに愚痴を言ったことはない。文句も言わなかった。お前は弱音を吐かないのが良いところだと、イェズラムは褒めていた。もともと、愚痴の出ない質ではあったが、そう褒められると、ますます文句も出なかった。
養父(デン)も我慢強い男で、持ち前の皮肉はよく口にしたが、決して弱音は吐かなかった。族長に幼少のころから仕え、即位と、その後の治世を支え、数々の激戦を戦い、宮廷でもさらに暗い争いごとを戦い抜いた養父(デン)は、晩年までかけて、途方もない量の苦痛を舐めていたはずだが、いつも平然として、皆に采配し、何くれとなく面倒を見ていた。
皆が尊崇する長老会の重鎮たちでさえ、イェズラムのことを長(デン)として敬った。確かにイェズラムは、魔法戦士たちにとって、父であり、長兄である、長老会の統率者だった。そして族長の兄(ディノトリス)でもあったのだ。
その座をお前に譲ると、イェズラムはギリスに言った。お前を新星の射手に選ぶと。
そんなものが、俺につとまるだろうかと、どうにも疑問で、ギリスは訊ねた。
大丈夫だと、イェズラムは保証した。すでに決まりきった事実を、ただ教えているような、確信めいて寛いだ普段の口調だった。
候補者は何人かいたが、与えられた菓子を、自分より弱いものに配ったのはお前だけだった。だからお前がディノトリスだ。部族の兄(デン)として皆を守り、助けていけ。一番つらく、痛みのともなうことを、お前が皆の代わりにやってやれ。お前は誰より苦痛に耐えられる体に生まれついた。それは代々の射手にとって、数知れない世代を経た奇蹟だ。
お前は頭も切れるし、度胸もある。魔力にも優れ、面倒見もいい。お前よりふさわしいものが、他にいるか。誰がなんと言おうが、胸を張って生きていけ。お前は俺を凌ぐ、大英雄になれる。
イェズラムはその話を、長老会の面々が皆聞いている中でしたので、感激するギリスを笑い、歴戦の魔法戦士たちは、まあなんと親馬鹿な長(デン)よとからかった。
イェズラムは確かに、折に触れてギリスを褒めた。日頃決して甘くはなかったし、むしろ厳しく養育される日々だった気がするが、それだけに、時折与えられる砂糖菓子のような混じりけなく甘い褒め言葉は、ギリスの腹にしみた。
それはいつもギリスの自信の源だった。子供の頃も今も変わらず。
そして多分、イェズラムが死んだ今も、かつて与えられた数々の言葉に、自分は力を与えられ続けるだろう。その記憶が残る限り、養父(デン)は自分の中に生きている。英雄譚(ダージ)が英雄を、永遠に生かすのと同じように。
なるほどなあとギリスは思った。
「アミール、お前、天才じゃないか」
「えっ、何言うんですか急に」
気味悪そうにアミールが顔を引きつらせた。そんなこと言っても何も出ませんよという、警戒感のある顔だった。
「いやあ、単にそう思ったから。お前らが来た時、なんでこんなゴミみたいなやつらがと思ったもんだったけど、案外また新たな天才がグラナダ宮殿の面子に加わったのかもしれないなあ」
ギリスが独り言のように呟くと、三つ子はぎゃっとわめいた。
「そこまで思ってたの、兄貴(デン)!」
「ゴミなんてあんまりだ」
「ひどい人とは思ってたけど、そこまでとは」
もう薬が効いて、痛みもとれたろうに、三つ子は頭を抱えてじたばた悶えた。
「いや、ゴミかと思ってたのは、さっきまでで。今は天才かな、って……アミールだけだけどな」
ギリスは宥めた。
「鬼だ」
「鬼!」
カラールとルサールは叫び、なおも悶えていた。
「我慢しろ、お前たち。兄貴(デン)は昔からこういう人だったろ」
弟たちの肩を叩いて、今度はアミールが宥めた。すると二人は、観念したように呻き、大人しくなった。さすがだアミール、さすが兄と、煙管を吸いながらギリスは感心した。たった一言で、このアホどもを鎮めるとは、統率がとれている。今後、三つ子になにかやらせる時には、アミールに頼もう。
「お前らいつタンジールに帰るの」
「えっ、俺ら追い返されるの!?」
三つ子は判でついたように、まったく同じ驚きの声をあげた。
「うん。行ったり来たりしろよ。鷹通信(タヒル)の鷹みたいに」
にっこりして、ギリスは何となくしょんぼりとした三つ子たちを励ました。
「俺は新星のそばを離れられないから、お前らが代わりに、タンジールで仕事してくれ」
「ええ、仕事かあ」
「やっとここに慣れてきたのに」
「俺らもずっとここにいたいです」
渋々とした顔で、甘えた声を出す三つ子は、まだ少々頼りない子供だった。大人になりきっていない。
「お前らここに来たとき、エレンディラ派のサフナールが族長の侍医になったって言ってたろ」
ギリスはその話をずっと憶えていた。
世間話のつもりだったか、三つ子は首を傾げた。憶えていないらしかった。
そりゃあ随分、天然で目端の利くやつらだとギリスは感心した。
「侍医になってから、サフナの石はどうだ」
エル・サフナールは美しい女だった。死んだジェレフとほぼ同期の、中堅どころの治癒者で、側頭に現れた青い石がまるで髪飾りみたいで、どことなく可愛い感じがする。しかしその実、その可愛げのある女を武器にした、強かなやり手だった。ジェレフなんていつも、あいつに仕事を押しつけられて、なんだかよく分からんうちに、サフナの分まで石を肥やす羽目になっていた。
「エル・サフナールの石……こんな感じ」
そう言って、アミールは懲りもせず幻視術を使った。寝台の上に、手のひらに乗るほどの小さな、エル・サフナールの姿が現れた。
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