もえもえ図鑑

2008/09/11

新星の武器庫(40)

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 痛い痛いと喚いて、三つ子は頭を抱え、寝台にぶっ倒れていた。
 いつもなら見分けのつかない彼らだが、今日はそれぞれが違う色の長衣(ジュラバ)を着ており、区別をつけることができる。
 それぞれ空いた場所で、うんうん唸っている三つ子に付き合って、ギリスは煙管をふかしながら、寝台のはしに腰をかけていた。
 三つ子の着ているものは、戦闘での活躍の褒美として、領主レイラスから拝領したものだった。これで額に名前を書かれることもなかろうと、スィグルは笑って言っていたが、違う色の服を着たところで、ギリスには結局、どの色のがアミールで、どの色のがルサールか、それが分からなかった。
 戦闘後の夜半から、三つ子は青い顔をして、頭が痛いと言い出し、時折嘔吐した。
 普通、魔法戦士が苦痛に耐えるとき、その姿を隠そうとする者が多いが、別段それが掟というわけではなく、三つ子は普段どおり血の繋がった兄弟たちと一緒にいたがったし、ギリスにも介添えしてくれと泣きついてきたので、望むとおりにしてやった。
 痛みの程度は人による。使った魔力の量にもよるが、それは一概に、大魔法を用いれば激しく痛むというものでもなかった。慣れない事をしたときに、ひどく痛むようだというのが、年長者(デン)たちが一様に言う意見だった。
 頭の中の石は、魔法で育つわけではなく、おそらく術者の経験を食っている。
 三つ子は新たに身につけた幻視術を、悪戯程度に試しながら、これまで隠れて修練してきたらしいが、それによって石がひどく痛んだことは、あまりなかったらしい。
 最初に幻視術が発露して、それが嬉しくて、陰であれこれ試して遊んだ時には、しばらく寝込んでいたいような頭痛に襲われたが、その頃にはまだ彼らの後見人(デン)だった治癒者のエル・ジェレフが存命で、三つ子に鎮痛薬を与えたらしい。
 まともな治癒術が使えない弟子(ジョット)たちの石が、なぜ痛むのか、ジェレフは不思議じゃなかったのかと、ギリスは三つ子に尋ねた。
 彼らはジェレフに、治癒術の鍛錬をしたせいで痛むのだと、嘘をついたらしい。
 ジェレフは熱心な治癒者で、仕事に心血を注いでいた。石によって与えられる魔力は、自分の命数が限度となる有限のもので、その力を振るえば人を救うことができる治癒術を持って生まれついた者が、それとは関係のない、たとえば幻視術のような、何の役にも立たないものに、魔力を浪費するのは冒涜であるというのが、当代の奇蹟エル・ジェレフの展開する持論だった。
 つまり三つ子の保護者(デン)は、三つ子が治癒術以外の魔法を用いることを好まなかっただろう。それを察して、この弟(ジョット)どもは、とっさに嘘をついたというわけだ。
 エル・ジェレフはギリスにとっても同じ派閥の兄貴分(デン)だったが、真面目な男で、真面目すぎるのが玉に瑕だった。
 もっと力を出し惜しめば、いくらか長生きできただろうに、ジェレフは竜の涙としても若くして死んだ部類だった。治癒者がみな、天使のごとくとはいかない。ジェレフは面倒見がよく、人にものを頼まれれば断れないような性格だったし、派閥の争いごとも敬遠していた。だからたぶん、あれこれ押しつけられ、その仕事が人命を救うものであるゆえ、拒む気もなく、他人のぶんまで働いて、命を縮めたのだ。
 三つ子はそんな兄(デン)が英雄的に死ぬのを見て、新星に仕える決心をしたらしい。ジェレフのように死ぬのは、無念だと思って。
 力が欲しいんですと、カラールだかルサールだかが、ほとんど半べそで話していた。
 彼らが持っていた鎮痛薬は、ジェレフの形見とのことだった。まさかそれをグラナダで使うとは思わなかったらしいが、彼らはそれをいつも行く先々に持ち歩いていたらしかった。
 痛みがつらくて包みも開けられないといって、三つ子が甘えるもので、仕方がないからギリスが包みを解いてやった。絹張りの薄い箱に収まっていた丸薬を、ギリスが差しだしてやると、三つ子はそれを、菓子でも食うように争ってつかみ取り、不味い不味いと文句を言いながら貪り食った。
 どれくらい摂取するべきものか、ギリスには分からなかった。自分は使う必要がないもので、竜の涙の嗜みとして、エル・ジェレフに鎮痛用の麻薬(アスラ)の用い方を教えられた時に、ほとんど話を聞いていなかったからだ。
 丸薬を食っている三つ子の姿を見ると、彼らがもっと子供だったころのことを、ギリスは思い出した。
 子供部屋には、ある種、大人のそれより熾烈な序列があって、力のあるものと、そうでないものとの格差がひどかった。その力とは、主に生まれ持った魔力の優劣が基本だが、それだけでは決まらず、子供なりの政治力のようなものが、効力を持っていた。
 ギリスはそれで苦労した覚えはない。生まれつきの氷結術は群を抜いて際だっていたし、腕っ節も強かった。なにしろ殴られても痛みがないのだから、腕力に訴えての喧嘩など恐れるほどのものではなかった。
 それに自分は、長老会の子供だったし、その総領のエル・イェズラムが後見人(デン)だというので、誰もがギリスに一目置いた。
 長老会で飼われている子供らには、いつでもふんだんに菓子が与えられていたが、子供部屋ではそうではなかった。不足はないはずだったが、序列の高いものが、低いものから搾取するので、力がなければ、甘いものにはありつけない。
 三つ子はいつも食いっぱぐれていたし、度胸がないので喧嘩に強いわけもなく、とにかく惨めな連中だった。それがあんまり哀れだったので、ギリスは長老会の重鎮たちが気まぐれに、時折浴びせるように与えてくる菓子を、彼らに分けてやっていた。三つ子や、それに類する、群れからはぐれそうな者たちに。
 その成り行きで、三つ子はギリスになつき、そういった者たちがギリスの悪戯の手下どもに化けるまでには、大した時を待たなかった。
 ギリスと共にいれば、子供部屋での三つ子の序列は跳ね上がった。宮廷を知る餓鬼どもは、三つ子たちをギリスの弟分(ジョット)と見なしていたし、それを撲つことは、ギリスと敵対することを意味していた。
 ギリスを見かけると、三つ子たちは何を置いても、嬉しげに兄貴(デン)と呼びかけて、まとわりついてきた。それはギリスを慕ってのことというより、彼らの処世術だった。
 彼らは当代の奇跡から治癒術のなんたるかを学び、氷の蛇から宮廷での生き方を学んだ。そして結局、治癒者にはなれず、こちらの道を選んだ。三つ子が欲しいという力は、彼らがすでに持っている治癒術でも、幻視術でもない。ギリスが彼らに与えることができる、派閥抗争を乗り切るための力のことだ。
「お前らまだ薬が効かないのか。うんうん言い過ぎ」
 ギリスは薄暗い灯火のゆらめく、客用寝室の華麗な格子模様の天井に向かって、煙を吐き出した。
 それは麻薬(アスラ)ではなく、いつものグラナダ特産の葉っぱだった。
 三つ子は生意気にも、エル・イェズラム愛用の長煙管で、年長者(デン)たちが吸うような紫煙蝶(ダッカ・モルフェス)をやらせろと求めたが、そんな強い薬が必要そうには見えなかった。哀れっぽく唸って悶えはするが、顔色はもう、赤みがさして回復の兆しがあったし、一番痛みが重そうだった時にも、ぎゃあぎゃあ喚いている声は割と元気そうだった。
 ギリスは過去の戦場や王宮で、本当に症状のひどい年長者(デン)たちの苦悶する姿を見てきたが、それと三つ子の暴れる様子は、真剣味が違った。苦痛をこらえる時のエル・イェズラムは、いかにも平気なような顔を作りはしたが、顔面は紙のような蒼白で、滴るような脂汗をかき、痛いとは一言も漏らさないのに、ギリスは養父(デン)が今すぐ死ぬのではないかと、はらはらしたものだった。それと比べたら、三つ子の苦悶は根性がないゆえの芝居みたいなものだ。
 それでも約束は約束だったので、ギリスはやむを得ず、イェズラムの煙管を貸してやることにした。どうせこいつらの痛みは、気分しだいだ。麻薬(アスラ)でなくても、大英雄の煙管から吸わせれば、それで事足りる。
「ほら、吸えよ、ルサール」
 いちばん近くに転がっていた頭の口に、ギリスは煙管を与えた。
「カラールです、兄貴(デン)……」
 吸いつきながら、カラールは文句を言った。やはり見分けはつかなかった。
 褒美の服が半日で仕上がるわけはないから、たぶんスィグルは、いくらか前から、三つ子に与える服を縫わせていただろう。こいつらの見分けがつかないことを、スィグルは気にしていたらしい。
 ギリスが何年かかっても分からなかった三つ子の違いを、スィグルはもう見分けていて、戦闘の後にはもう、間違えずに名前を呼び分けていた。もちろん、額に名前がなくてもだ。あいつは頭のいいやつだと、ギリスは思った。根性は悪いが、気は優しい。
 三つ子はレイラス殿下が自分たちを見分けてくれたことが、嬉しいらしかった。これまで彼らの差異をまともに把握していたのは、エル・ジェレフだけで、その保護者(デン)はもういない。代わって名前を呼んでくれる者が、自分たちお互いのほかにもこの世にいることが、彼らには何よりの褒美だったようだ。
 スィグルは三つ子に感謝していた。彼らの幻視術がなければ、ファサルに敗北していただろうと言って、三つ子たちを労っていた。いくらか世辞も混ざっていたようだが、それでもまるっきりの嘘ではないだろう。竜の涙を大切に遇さなければと、スィグルは思っているらしかった。
「お前らはいいよな。あれっぽっちで褒められて」
 ギリスはため息をついて、カラールから煙管を取り上げた。あとの二人が自分にも分け前をよこせという顔で、じりじり這い寄ってきていたからだ。
 自分も一息吸ってから、ギリスはアミールか、今度こそルサールか、どちらか分からないほうの口に煙管を吸わせた。そいつは吸いながら、軽く咳き込んでいた。
「レイラス殿下は、兄貴(デン)のことは全然褒めないね」
 一服ありついて気が済んだのか、カラールはいくらか落ち着いた顔で、ごろりと仰向けにくつろいで言った。
 確かにそうだった。褒めないどころか、ギリスは戦闘後に叱責を受けた。
 眠る盗賊たちを縛り上げて、宮殿に帰り着き、ちょっと来いと差し招いてスィグルが呼ぶので、よくやったとでも言われるのかなと思ったら、いきなり乗馬用の鞭で殴られた。
 痛くはないが、あまりの意外さに驚いて、ぎゃっと悲鳴をあげていると、スィグルはいつもの癇癪を起こした顔で、この馬鹿と怒鳴った。
 ギリス、お前は僕が窮地に立っているのを、ぼけっと眺めていたろ。危うく盗賊の二連射にやられて死ぬところだったよ。ああいう時は、気を利かせて、さっさと助けろ。ほんとにお前はなんという薄情な馬鹿だ。
 スィグルが他の者の耳も気にせず、ぎゃあぎゃあ言うので、ギリスは衝撃を受けた。
 みんな、ぽかんとして聞いていたし、驚いていた。
 でも俺は、ちゃんと助けたよと、ギリスは驚きで上手く回らなくなった舌で、とりあえず答えた。するとスィグルはますます不機嫌な顔をした。まるで、うっかり土中の毒蛇の巣を踏み抜いてしまい、中にいたやつと目が合ったみたいな気まずさだった。
 助けただと。ギリス、お前、僕が与えた持ち場を勝手に離れただろう。先陣をほったらかして、意気揚々と単騎駆けか。それでお前は楽しかったろうが、後に残された兵はどうなる。三つ子の機転が利いて、幻視術には助けられたし、兵たちもよく働いた。だから勝てたが、お前は許し難い。ひとりでファサルを深追いして、仕留めたからまだ良かったようなものの、独走するのもいいかげんにしろ。
 一気にそう畳みかけられて、ギリスは呆然とし、そうだったっけと思った。そんなふうだったっけ、今日の戦闘は。自分になりに活躍して、戻れば褒められるものだと思っていたけど、実はスィグルの怒る通りなんだったっけ。
 そう言われると、そんなような気がして、ギリスはやむなく、悄然と詫びた。
 わかればいい、次はやるなと、スィグルは苛立ったため息をつき、部屋で休むと断言してから、居室に行く道々に他の者を労い、とっとと去っていった。
 なんともいえない愕然とした感じが、いつまでも腹の底に残り、ギリスはしばらく宮殿の玄関に突っ立っていた。
「俺ってそんなに、まずかったか、今日」
 アミールだかルサールだかの口から煙管をとりあげ、ギリスは残っていた一人にそれを回してやった。やれやれ待たされたという顔で、最後のひとりは煙を吸った。
「いやあ、俺らは新兵なんで、わかりませんけど」
「ファサルは捕まえたんだし、オチが良ければ経過はどうでも……」
 吸い終えた二人は、ごろごろしながら話し合っている。
「ほんとに参るよ、あいつは癇癪持ちで。あれだけは何とかならんもんかな」
 口寂しくなって、ギリスは煙管をとりあげ、自分もそれから吸った。シナモンのような、グラナダの香りがした。
「殿下も疲れたんだよ、兄貴(デン)」
 もっともらしく頷いて、最後のひとりが言った。
 その顔を見て、ギリスはこいつがアミールじゃなかったかと思った。

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