もえもえ図鑑

2008/09/22

若造もいる小宴会(3)

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「その話だけどな、リューズ。お前、俺が死んだあと、俺の派閥が解体していくのを放置してるだろ」
 やっと煙管に火を入れる気になったのか、ふらふらになっているジェレフに火種を寄越させて、イェズラムは覇気のない舎弟(ジョット)の様子に、呆れ顔になった。
「こいつが死ぬのも、放っておいたろ」
「放っておいてないよ。ジェレフが死ぬのは俺も悲しかったよ。不器用なやつだなあと思ってさ。俺も自分が不甲斐なかったよ。だけど仕方ない面もあるよ」
「なにが仕方ないんだ。他にも治癒者はいただろう」
 咎める口調で言い、イェズラムは煙管をふかした。してやられたという顔だった。
「いたけど、エルエルがおっかなくってなあ。エル・サフナールをやるのは駄目だと鬼の形相だったんで、じゃあもうしょうがないかと」
「それが理由になるのか、この弱虫め。お前は女に甘いんだよ。サフナールを遣っても、まだ死にはしなかっただろう」
 厳しい口調で追求されて、リューズは困ったように氷菓をがつがつ食った。
「そこは政治だよイェズラム。お前が抜けて、派閥の勢力図がころころ書き換わっている真っ最中なんだ。長老会の重鎮(デン)たちも、日々、闘争に明け暮れて大忙しだよ。やつらがそれに気をとられているうちは、俺も、あっちに笑い、こっちに笑いするだけで、魔法戦士を退屈させずにおけるから、楽なもんなんだよ」
 ぺろりと氷菓を平らげ、舌なめずりしたリューズにそう言われ、イェズラムは渋面のまま、目元を揉んだ。
「いやなら死ななきゃよかったんだよ、イェズラム。長老会の長(デン)をやるための後継者を用意しないまま死んだのは、お前だろ。こうなることは知った上でだろう。お前のような強圧的な統率者(デン)がいなくなれば、皆混乱するし、部外者の俺がなんとかできるようなもんでもない。誰か適当な者に後を継がせてもいいが、そうしたところで、一致団結した奴らにやらせる仕事も今はないしな。当面、無駄に争わせておくしかないよ。撤退と、その後の兵力削減の件で、俺も暇じゃないし。まあ、こう言っちゃなんだが、竜の涙の件は、今は無期限後回しだよな」
 胡座した膝の上に肘をつき、リューズは自分の白い指を弄んで話していた。その太祖の顔で言われて、横で聞いていたエル・ジェレフは、生きて血が流れていれば、貧血を起こして卒倒しそうな顔色をした。
「難しいところなんだよ、イェズラム。この停戦が半永久的に続くとみなすか、すぐに破られて、また戦闘開始ってことになるのか。本腰入れて兵を家に帰したほうがいいか。帰すとして、その後何をやらせるのか。戻る居場所のない者もいるしな」
「どうするんだ」
 煙管の吸い口をくわえかけたまま、イェズラムは訊ねた。
「どうしたもんかなあ。お前、死霊でいいから出てきて相談に乗れよ。俺はそういう、内政めいたのは、さっぱり不得手なんだから」
 顔をしかめて強請るリューズに、イェズラムは呆れたため息をついて首を横に振った。
「無理だ。俺は死霊になれないらしい。だいたい常識で考えろ。死んだ後まで働くやつがあるか。死霊は普通、恨みがあって、なるものだろう。死霊になってまで、内政の相談に乗るなんて馬鹿げた話が、この世のどこにある」
 リューズは退屈してきたのか、話を聞きながら、右耳を飾る宝飾の房を弄りはじめていた。
「無理かそれは。椎堂かおるでも無理な展開はあるのか。飴屋幽霊の話を知ってるか、イェズラム。死後に墓の下で赤ん坊を産んだ女の幽霊がな、我が子を救いたい一心で化けて出て、飴屋に飴を買いにくるんだ。その飴で赤ん坊の命を繋がせてるんだ」
「お前は赤ん坊じゃないだろ。発育不全の三十路のおっさんだろ」
 話の先が見えて、イェズラムはうんざりと指摘した。するとリューズが顔をしかめた。
「そんなこと端的に暴露するなよ」
「お前がさっき暴露したんだよ。俺は要約しただけだ」
 リューズは苦い顔で目を伏せ、いかにも嫌だというふうに、首を横に振って見せた。
「まったく肝心なときには死んでいるやつだよ、お前は。なにか隠しネタくらいないのか。俺が困っているというのに放置しやがって薄情なやつだよな、イェズラム」
 悔やむ族長の弁を聞き、ジェレフはこれは妥当な苦情なのかという、焦って問いかける目をイェズラムに向けてきた。それと見交わすイェズラムは、こんなのいつものことだよという平然とした顔だった。
「お前の助けになるのかは謎だが、ギリスには内政も一通りは教えてある」
「ギリスって誰だっけ」
 膝に肘をつき、リューズは片手で頭を支えて目を伏せ、脳裏の人物帳を繰るような顔をした。
「俺が世話してた餓鬼がいたろ。白い石で、いつもぼけっとしたような、悪戯ばっかりしてたやつが」
「ああ、いたいた。あの子な。ヤンファールの氷の蛇だ」
 思い出したという表情で、リューズは顔をあげ、どことなく情けなさの漂う上目遣いにイェズラムを見た。
「あの子が次の射手なんだろ」
「そうだよ。どうして分かった」
 首をかしげて、イェズラムは訊ねてきた。
「玉座の間(ダロワージ)にお前の肖像画を飾るといって、ごねていたぞ。それでまあ、哀れなんで、結局許したんだが、晩年のお前が昼寝してる絵を飾りやがってなあ。ちびっこのくせに、これを見ろみたいな強面(こわもて)で、俺を睨むんで、ほんとに参ったよ」
 イェズラムは苦笑をこらえるような顔をしたが、なにも言わなかった。
「言いたいことは分かるんだよ。お前が晩年、どれだけ苦労していたか、俺に悟れということだろ。お前も大変だったよな、具合も良かろうはずもないが、仕事が減るわけじゃなし、寝る間も惜しんで挺身したってことだよな」
「それでお前、ギリスに俺の労を労う言葉でもかけて誤魔化したのか」
 半笑いのまま、イェズラムはやっと訊ねた。
「いいや、そんな可愛いもんじゃないんだよ。お前んとこの餓鬼は、俺の息子をたらしこんでやがったのよ。スィグルにお前の絵を描かせてな、死せる大英雄を讃えさせたんだよ。長老会の連中まで、それの片棒担ぎやがって、俺がお前の死にせいせいしたのが、よっぽど気にくわなかったらしいよ。敵対したら代替わりさせるぞみたいな強行ノリだったよ」
「そこまで尖ったやつだったかなあ、ギリスは」
「お前が死んで、つらかったんだろ。それで死後もお前の威光が続くと、思いたかったんじゃないのか。自分の子だけでも大変なのに、他人の子まで面倒みられんよ俺は。可愛げがありゃあいいけど、がぶがぶ手を噛まれてさ」
「今でもか」
 眉間に皺を寄せて、イェズラムは訊ねた。リューズは軽く天井を仰いで、首を横に振った。
「いいや。今に見てろみたいな雰囲気むんむんでタンジールをおん出て行ったよ。今はスィグルとグラナダ統治に励んでいるようだ」
「施政はどうだ」
「評判いいよ。ただし宮廷では賛否両論だけどな。でもまあ頼もしい話だよ、玉座の間(ダロワージ)での当てこすりや口喧嘩もいいが、それで民の腹が膨れるわけではないから。汗水垂らして働くのには、可愛げがあるよ。だがな……」
 心なしか頭を抱えて、リューズは言いよどみ、それからイェズラムを見上げた。
「勝手に俺の継承者を選ばないでくれないか、イェズラム。それは俺の権利だろ。即位するとも決まっていない者が、そのつもりで修練を積むのは、どういうもんかな、外聞として」
「お前みたいに、即位してから大あわてするより、ずっとましだろう。嘘やハッタリで乗り切っていけるような、肝の据わったあざといのが、王族の席にいるように見えなかったしな。着実に経験を積ませるのが最良だよ」
 心持ち、リューズは口を尖らせてそれを聞いていた。イェズラムはその不機嫌に気付かないふうに話を続けた。
「その点、あの新星は経験という面で頭ひとつ出ていただろう。母親の手駒にすぎん他のに比べて、いつも一人でうろうろしていたし。虜囚になっても生還する根性があった。そこまでが、たまたまの強運な偶然だったとしても、同盟の人質になっても首が繋がっていれば、その時には偶然ではない。本人の資質だ。他にどんな決め手がいるんだ。お前もそれでいいと納得したから、予行演習としてグラナダ統治を命じたんだろう」
 訊ねられて、リューズは頭痛でもするような顔をした。
「そんなこと命じてない。スィグルが自分で行きたいと言ったんだよ」
「ますます結構」
 むすっと教えるリューズに、イェズラムは微笑した。
「それでお前も、それが将来、全部族領の統治をするときに役立つと思って、許したんだろう」
「いいや、違う。ただの気晴らしだ。だって同盟への批判もあって、王宮では馴染めず、つらそうだったし、二年で帰ってくるって言うんだもん。それくらいならいいかなと思ったんだよ。それで長老会の魔の手も振り切れるかもしれんし。でも全然帰ってこないんですけど!」
 それが大問題だ、全てお前のせいだという顔で、リューズは食卓を叩いてイェズラムを責めた。
「振り切れる予定だったお前んとこの餓鬼まで、いっしょにくっついて行ったわ!」
 本気で苛つくらしい声で、リューズが文句を言った。
「あの引き籠もりのギリスが王都を捨てるとは、よくよくのことだな。でも、嫌なら許可しなきゃよかっただろ。お前の許可がなければ、魔法戦士は王都を出られないのだから」
「おねだりに弱いのよ、俺は……」
 食卓に倒れ伏す勢いで、リューズは両手をついたが、そこには鉄板があるので、なんとか思いとどまったようだった。
「どうしてかな。これも一種のビョーキかもしれんが。引っ込み思案な息子が、怖ず怖ず強請ってくるとさ、ああもう可愛いやつめ、父上がなんでも買ってあげるみたいな気になっちゃうんだよ。それで脊椎反射的に、お前んとこの餓鬼の随行を許可しちゃったんだよ」
「ビョーキだろ……お前いっぺん、侍医に相談しろ。子煩悩という域を超えてるかもしれん」
 煙管を吸いかけたまま、イェズラムは鼻白んでいた。
「でも、まあ……結果的に、最後の最後でお前と意見が合ったようで、俺も安心して成仏できるよ」
 イェズラムはやっと、自分も酒に手を伸ばした。手酌で注ごうとするのを、ぽかんと見ていたジェレフが慌てて酌をした。
「意見が合ったって、なにが……?」
 リューズは食卓に手をついたまま、鉄板を見つめて訊ねた。
「継承指名だよ」
 麦酒をあおって、イェズラムはどことなく上機嫌に答えた。
「指名はしてない。まだしてないぞ」
「そりゃあまあ、お前はまだ臨終の床にはいないから。でも、長老会には内々に知らせておけよ。お前がどこかで頓死したときに、継承がうまくいくよう、連中が取りはからえるように」
「頓死だと。こいつは俺が頓死すると言っているぞ、エル・ジェレフ!」
 がばっと身を起こして、リューズは怒りの形相でジェレフに迫った。当代の奇跡は八つ当たりされて仰け反った。
「万が一の話です、族長! もののたとえです! 万が一の場合にも、傍仕えの治癒者がおりますから……」
「治癒者だと? お前がくたばったので、今はえろえろサフナールの天下だよ。万が一の場合が腹上死だったらどうするんだ、エル・ジェレフ。お前もあの女の恐ろしさは身に染みて知っているのだったろ?」
 いつもなら遠く玉座にいる男に襟首を掴まれて、記憶にございませんとジェレフは悲鳴を上げている。
「そう思うなら自重したらどうだ……」
 煙管を吸って、イェズラムが説教する口調になった。
「お前どうせ心臓が悪いんだろ。前々から、そんなような予感はしたんだよ。血筋のこともある。王家の者はよく卒倒するし、心臓発作で死んでる者が多いんだ。それにお前は元服が遅れて発育も悪かったわけだし。極限までぶち切れると、呼吸困難でぜえぜえ言ってたろ。そのうちお前も、とつぜん胸に一撃来て一巻の終わりだよ」
 そんなもんさと煙を吐いて、イェズラムは飄々としていた。
 リューズはむっと難しい顔をして、ジェレフを逃がし、けだるそうに元の席に戻った。
「どうせそうだろうけどな、知らないことになっているんだよ、まだ。でも、さすがに薄々は分かるんだよ。昔なら悩まなかったんだけどなあ、別に、いつ死のうが、それが寿命なら」
 簡単に結っただけの自分の束髪に触れて、リューズは手持ちぶさたなようだった。
「偉そうに祭り上げてもらって、皆に死闘を命じてきた俺だ。自分だけ長生きしようとは思ってなかったよ。死んだつもりで戦って、そのうち俺も皆のところに逝くんだろうなと思っていたんだが」
 顔をしかめて、リューズは悩む目になった。
「俺が死んだら、継承しない息子は、それに殉じる羽目になるだろう。だから、できるだけ長生きしたいような気がするんだよ。単に問題を先送りしているだけなんだけど」
 そう言うリューズを、イェズラムは無表情に見つめ、その通りだというように小さく何度か頷いてみせた。
「それは我が儘だろうかな、イェズラム。俺もさっさと地獄に堕ちるべきだろうか」
 思案する顔で、リューズは訊ねた。
「いいや。いいんじゃないのか、養生して長生きすれば」
 イェズラムはにこりともせず、冷たく言った。
「お前は幼少の頃から、あまりいい目は見ていないのだし、即位してからも、つらいことのほうが多かっただろう。それに良く耐えて、当座の役目は果たし終えたんだ。あとは治世に障りのない範囲で、自分個人の幸福を考えても、罪にはなるまい」
 たなびく煙を身に纏った魔法戦士は、淡々と話していた。
 リューズはそれを、愕然という顔で見つめた。
「えぇー……」
 表情の通りの、愕然と意外そうな声で驚き、リューズはしばらく絶句していた。
 イェズラムはそれを、淡く眉間に皺を寄せて、何事かと見返した。
「お前、今、なんだか優しいぞ。もしかして今ここで俺は胸キュンか」
「なにを言っているんだお前は」
 正式に顔をしかめて、イェズラムは説教する声になった。
「いや、せっかく死霊が優しいことを言ったのに、ふふん、とか、ケッ、みたいに軽く流していいのかと思ってな。ちょっと今、自分のリアクションに迷ったものだから」
「思った通りのリアクションでいいだろう。自分の感情なんだから、悩む必要がどこにある」
 早口に諭すイェズラムは、こころもち迎撃の構えだった。
 リューズは首を傾げ、自分の頭の中を探るような目をした。
「正直に言うと、お前には世話になったよ。ありがとうお兄ちゃんみたいな気持ちだよ。お前も黙々と働くだけで、面白いことなんぞ何もない一生だったろ」
 真剣に話しているリューズを、イェズラムは徐々に意地の悪い笑みになって見つめた。
「そうでもない。じたんだ踏んでるお前を見たりすると心底面白いときもあった。まあ確かに安楽な生涯とは言えないが、考えようによっては、俺は好き放題のことをしてわがままに生きてきたのかもしれんよ。大英雄にもなったしな」
 にやにや言われて、リューズは微笑になった。
「ああ、じゃあいいか。別にお前に感謝しなくても。ビョーキ生活を満喫して、我が人生に一片の悔いなしなんだったら」
 けろりと身勝手に言うリューズは本気のように見えた。イェズラムはそれに目を細め、人の悪い笑みのまま続けた。
「いやあ、欲を言えばお前が死ぬまで生きてて、葬式の弔辞でなにもかも暴露してやりたかったよ。それだけが心残りだ」
 お前にはいろいろ、人には言えないことがあっただろうと、揶揄する口調で言われ、リューズは苦笑のような、怒ったような、複雑な顔をした。それは玉座での微笑とは遠い、苦みのある表情だったが、太祖の顔には案外よく似合っていた。
「そんなこと言っていいのか、イェズラム。お前は死んでて、俺はまだ生きているんだぞ。あんまり腹が立ったら、俺も動転して、お前んとこの餓鬼を、バラして鷹の餌にしちゃうかもなあ」
 やんわりと、脅すように囁かれ、イェズラムは不意に、険しい真顔になった。
 それを見つめ、リューズはふっと笑い、それからさらに、屈託なく破顔した。
「冗談だよ、イェズ」
 引っかかったと気味良さそうに笑っているリューズは、悪戯が成功した子供のようだったが、それが汚れないと思うには、イェズラムはいろいろ知りすぎていた。
「冗談にしておいてくれよ」
 手も足も出ない死者は、おとなしくそう頼んだ。リューズは満足げに小さく頷いていた。
 それからリューズは居所がなさそうな様子のジェレフにねだって、自分にも麦酒を一杯寄越させた。今さら飲むなとイェズラムに引き留められたが、飲まねば宴会にならないと、リューズはにこやかにそれを無視した。
 数口飲んでから、リューズは唇につい薄いた泡を舐めとり、手の中のグラスで黄金に見える麦酒が熱で泡立つのを、じっと見下ろした。
「なんだか、つまらない話だ、イェズラム。お前がもう死んだなんて」
「昔から言ってやってただろう。俺はお前より先に死ぬから、俺が生きているうちに、大人になれって」
「なっていないのだろうかな、まだ。それとも俺は永遠に餓鬼の色のままなのか」
 どことなく深刻な真顔で、リューズは独白するように言った。イェズラムは自分も付き合って麦酒を飲んだ。
「そんなことはないだろう。お前が生っ白いのは、もう治らないだろうが、頭の中のほうは、年々ましなような気がする。昔は本当に、手に負えないくらい荒れている時もあったが、今じゃすっかり、名君の面(つら)が板についてるじゃないか。まるで生まれつき、そうなるべく生きてきた者のようだ」
「そうだなあ。我ながら、名君の役は結局、俺には填り役だったのかもなと思えてきた頃合いだよ。だけど父親としては、どうかなあ。正直ちょっと、役作りが甘かったようだよ」
 苦笑して、酒杯の残りを飲み干し、リューズは早くも、酔ったような息を吐いた。たった一杯でも、酒精が腹に重いらしかった。
「その件で相談できるような、甲斐性のある者はいないようだ。まさか玉座の間(ダロワージ)で昼寝しているお前の絵と、話すわけにもいかないし。まったくお前んとこの餓鬼は、憎たらしい悪童よ。あの絵を見るに付け、俺も弱気になる。お前がもう、俺の宮廷にいないとはなあ。信じがたい話だよ」
「いると思えばいいだろ。それで気が楽なんだったら。別に毎日顔を付き合わせていた訳じゃなし」
「俺もそこまで妄想入っちゃいないんだよ……」
 情けなそうに目を伏せて、リューズは首を斜めに項垂れた。
「どうしようかなあ、継承指名は。お前んとこの餓鬼ににやにやさせるのも癪だし。かといって、いつ頓死するかわかんないしなあ。秘密メモくらい書いておくべきか。でも本当に選べないんだよ、俺は。だって、どうやったら実の親が、どの子を殺すか選ぶことができるんだ」
「だから俺が選んでやったんだろ」
 そうだったと顔をしかめ、リューズはため息とともにイェズラムを見やった。
「スィグル・レイラス?」
 小声で問われて、イェズラムはのんびり頷いた。それに、さらに深刻そうになり、リューズは重ねて訊ねた。
「本気でそう思うのか?」
「本気でなければ射手はつけない」
 それが決め手というふうに、イェズラムは教えた。
「あのぼけっとした悪餓鬼が射手だというのが、俺の勘違いではなかったとは。他にもっとましなのはいなかったのか。お前のように意地悪なのは困るが、お前のように頭の切れそうなのが、他にいたんじゃないのか」
「ギリスはああ見えて頭はいいんだぞ。心配なら博士たちに命じて成績の記録を見るといい。ギリスはあれで過不足ない」
 断言するイェズラムを、リューズは恨めしげに眺めた。
「そうだといいけどな」
「俺を信じろ」
 それが結論だ、という、至極落ち着いた態度で、エル・イェズラムは答えた。その姿を眺めるリューズの目は、変わらず恨めしげだった。
「いいなあ、お前は。生きてても死んでても、自信たっぷりで」
 その目のとおりの恨めしげな声で、リューズは言った。
 眉をひそめて、イェズラムはそれに、咎める声で答えた。
「責任ある立場の男が勝負に出るときはなあ、リューズ。いつでも自信たっぷりの顔をしろ」
「してるよ。いつもしてるだろ俺は」
 不満げに反論するリューズの顔は渋面だった。それを煙管で指し示し、イェズラムは教えた。
「今は、してない」
 言われてさらに顔をしかめ、それからにやりとして、リューズは両手で顔を覆った。
「うるさいなあ、お前は。どんな顔をするかぐらい、俺の自由だろ。いちいち言うな」
 白い手の合間からのぞくリューズの口元は、笑って見えた。
「そんな自由は、お前にはないよ。玉座に座って、族長冠を戴いたその時から、お前が死ぬまで、ずうっとな」
 煙管から、最後の一息を吸い、イェズラムはそれを、ふうっと長い息に乗せて吐きだした。煙は細く、宙を這う蛇のようにゆったりとのたうち、空調の風に乗って、ゆらめく姿で立ちのぼっていった。

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