もえもえ図鑑

2008/09/03

新星の武器庫(25)

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「牛の目のファサルは、馬鹿なのではありません。盗賊なりの誇りがあるのです、殿下」
 ラダックはスィグルに問われて、淡々と説明してやっていた。
 その場にいた全員を引き連れ、スィグルは武器職人が働く工房のそばの、試射を行うための広場まで、猛烈な早足で歩いてきていた。
 ケシュクがついてこられないので、ギリスは仕方なく、子供を抱えてきてやった。
 それがよっぽど屈辱だったか、発明王の大先生は、試射場のすみで、こちらに背を見せてしゃがみこんでいた。
 しょうがないよ、ケシュク。餓鬼なんだから。
 ギリスは励ますつもりでそう言ってやったが、それはますますケシュクを落ち込ませたらしかった。
 どのへんがまずかったのか、ギリスはそれを考えながら、新兵器の試射を支度している職人イマームの仕事を見守っていた。
 イマームが考案した新ネタは、かなりの大物だった。その弩(おおゆみ)には台座がついており、兵が二人がかりで操作するらしい。いちどきに十本の矢を発射する仕組みで、しかも職人が息子のために仕上げた再装填の機構を流用してあり、単純な取っ手の操作だけで、新しい十本をすぐに射ることができる。
 さらに、この弩(おおゆみ)は機動性を捨て、回頭できる台座に固定して使用する前提のため、矢筒を大型にしてあった。その中に再装填用の矢が、なんと二百本も入っているという。
 だからつまり、これは二十連射だ。
 そして射程は、例の崖から、輸送馬車の走る街道を越え、砂丘のほうまで届くことを目標に、職人は制作したと言っていた。
 崖から二十連射で、二百発。
 その有様を想像しただけで、ギリスはなんとなく、ぼけっと酔うような気分がした。
 めちゃくちゃすごい。イマーム。紛れもなく天才。
 黙々と働く職人の後ろ姿を、ギリスはそう賞賛する目で眺めた。
 しかしスィグルは、平気でラダックとべらべら喋っている。
 うるさいよお前ら、この俺の至福の陶酔を邪魔しないでくれよ。
 眉間に皺を寄せて、ギリスはうるさく話している新星と金庫番を睨んだ。だが、二人はこちらに気づきもしなかった。
「この界隈には、複数の盗賊団がいます。その中ではファサルは古参の集団の長で、いわば大親分株です。ただ盗むだけではなく、男気(おとこぎ)を示す必要があるのです。殿下に挑戦されて、受けて立たないのでは、首領としての沽券に関わるのでしょう」
「男気(おとこぎ)とはな。そんなもののために無数の矢をあびる羽目になるとは、つくづく愚かなやつだよ」
 ラダックが説明した事に、スィグルは蔑みきったような返事をしている。
「殿下だって名誉のために浪費してるじゃないですか。弩兵がいれば弓兵はいらないでしょ」
 ラダックはいまだに怨念があるらしかった。
「なにを言うんだ、お前は。王侯の名誉と、こそ泥どもの馬鹿げた見栄を一緒にするな」
「じゃあ説明しろって言わないでくださいよ。私はそろそろ仕事に戻りませんと」
 ラダックはそう言い残して去ろうとした。
 なんとも、よそよそしい態度だった。ギリスはそれに、軽い驚きを感じた。
 いくらラダックが戦に縁のない官僚で、金のことにしか興味がないとはいっても、こんな新兵器を目の前にして、少しの興味も湧かないのか。今はいかにも文官の、書類としか戦わないこいつにも、子供のころはあっただろうし、仮にも男だ。ケシュクのように、近所の餓鬼どもと戦争ごっこぐらい、やっただろうに。
「待て、ラダック。せっかくだから、お前も見ていけ。誇りと言うなら、これはこの宮殿の名誉がかかった一戦だぞ。自分は無関係みたいな顔するな」
 スィグルはラダックを引き留めた。どうやら、スィグルも自分と同じ驚きを、感じたらしかった。
 振り返ったラダックは、険しい顔をしていた。命じられたので仕方なく、という体で、金庫番は渋々と足を止めた。
「殿下、試射の支度が調いました」
 イマームが控え目に声をかけてきた。スィグルはそれに頷いて答えた。
 大型の連弩の脇には、守備兵がふたり立っていた。試射を担当する者たちらしかった。
 ギリスは自分でやりたいぐらいだったが、新兵器は試作段階につき、どんな危険があるか分からないからといって、イマームが止めた。威力があるぶん、事故が起きた時の衝撃も大きい。自分の落ち度で、部族の英雄に怪我でもさせたら、申し訳が立たないと職人は拒んだ。
 英雄っていうのは、つまらんと、ギリスは初めて思った。日頃スィグルが王族はつまらないと文句を言っていることが、やっとわかった気がする。
「さっそく始めよ」
 スィグルはやる気満々で守備兵たちに命じた。彼らは一礼して、新兵器にとりついた。
 的はずいぶん遠くにあった。遠目に見るそこには、紙切れがはりつけてあった。
 それは、三つ子の英雄(エル)たちが、シャムシールに紙をもらって描いた、へったくそな盗賊の絵だった。
 彼らはファサルの挑戦状がよほど気に入ったらしく、その下手絵には、殿下の忠実なる盗賊、と添え書きがしてあった。
 ギリスは弟分(ジョット)どもが描いた絵を睨みつつ、盗賊ファサルが実はどんな姿をしたやつだったのか、崖からの戦闘のときに、その姿を確かめなかった自分を悔やんだ。
 壁画の絵とはいえ、新星の両目を射抜くなど、ふてえ野郎だった。魔法戦がだめだというなら、イマーム特製の二百発を撃ち込んで、制裁してやらねばならない。ギリスはその様を想像してみたかったが、相手がどんな姿か、見当もつかなかった。
「攻撃準備」
 スィグルが号令すると、引き金を引く係の兵が、それに手をかけた。
「放て」
 的を見つめて、スィグルは命じた。
 兵は引き金を引いた。弓弦の唸る音がした。
 想像していたよりも速い矢が、十の残像を残して、猛烈な飛翔を見せた。それが的を射抜くのを待たず、介添えの兵が再装填を終え、また新たな十の矢が、一斉に放たれる。
 機構が働く音は鈍く静かだった。矢が的を射る音のほうが、脈打つように心地よくギリスの耳を襲った。
 見る間に的は針の山のようになった。
 二百本という数から、試射には時間を食うものと、無意識に思っていたが、目の前で行われたそれは、実際のところ瞬く間だった。
 最後の弓弦が唸る、低い振動が聞こえ、それが放った最終の十矢が、音高く的を射抜いた。
 その諸々の音が消えても、耳には聞こえない振動が、静かに腹に響くようだった。
 沈黙して見つめる者たちの中で、ギリスは唸った。
 これはたまらん。
 思わずよろめきそうな気分で、まだ的を睨んでいるスィグルの顔色をうかがうと、それは予想していなかった渋面だった。
「お、お前、これのなにが不満な……」
「うるさいっ」
 訊こうとしたら、言い終わらないうちにギリスは激しく叱責された。
「人が余韻に浸ってる時に、お前は無粋だ。黙ってろ馬鹿」
 ざっくり刺されて、ギリスはうめいた。
 あのな、イマームは俺が見つけてきたんだよ。お前それを一回でも誉めてくれたか。
 俺がこの職人を召し抱えて来なかったら、お前だってこんないい目を見られなかったんだよ。
 そう言ってみたかったが、喋るとまた怒られそうだったので、ギリスは堪えた。
「見事だ、イマーム。短期間に、よくここまで仕上げたな」
 スィグルが誉めると、イマームはただ平服してそれに答えた。
「ありがとうございます、殿下。ですが、精度の点でまだ難がございます。命中率を上げませんと」
 職人は殊勝にも、そう答えた。
 スィグルはその返答に大満足したらしく、かすかに微笑んでいた。
 どう考えてもイマームは領主の気に入る種類の家臣だった。忠実で、有能で、しかも謙虚で勤勉だ。
 お前な、と、ギリスは内心恨んだ。俺のことは全然誉めないのに、イマームはべた褒めか。差別だ。こっちだって命がけで尽くしてやってんのに。
 向こうは大天才かもしれないけど、こっちだって大英雄だぞ。あっちには、見事だイマーム、にこにこ、で、こっちには黙ってろ馬鹿かよ。お前はつくづく、ひどい主(あるじ)だ。
 そう思ってくよくよしていると、的のほうへ行っていたらしい三つ子が戻ってきた。
 彼らはその手に、的に貼り付けてあった絵を持ってきていた。
「これ以上、精度をあげなくても、もう十分じゃないですか」
 三つ子は皆に、試射を受けた落書きを示した。殿下の忠実なる盗賊には、びっしりと、細身の矢が突き刺さっていた。
「これだけ食らわせれば、盗賊たちも腹一杯ですよ、殿下」
 見せられた絵を、スィグルは考え込むように、伏し目に眺めている。
「実際の標的は、疾走する馬上にいるわけだから、ここまで命中しないだろう。精度は重要だけど……でも、とりあえずはこれで、僕の作戦には足りる。ファサルを仕留められるよ」
 そうだろうかと、ギリスは思った。
 確かに、さっきの斉射はすごかった。
 しかし、的を射た矢を間近に見ると、ずいぶん小さい気がした。子供の玩具とは言わないが、それよりちょっとましな程度だ。ギリスはそれに拍子抜けした。
 運良く急所をとらえれば、あるいはだが、この矢で相手を仕留められるかどうか。精度が低いというなら、相当に熟練した兵がいるならともかく、新兵器ということもあるし、今の守備兵の腕を考慮すると、狙って致命傷を与えることも、難しいのではないか。
「どうしてこんな矢にしたんだ、スィグル」
 納得がいかなくて、ギリスは訊ねた。
「こんな矢とは?」
 スィグルは含みのある口調で聞き返してきた。
 まるで、やっと気がついたかと言われたようだった。
「これだと、せっかくの弩(おおゆみ)の威力が削られるんじゃないの。どうせなら、もっとまともな矢を飛ばせばいいのに」
「ちょっと小細工をするんだ」
 三つ子が持っていた絵から、矢を一本引き抜いて、スィグルはそれをギリスの目前に晒して見せた。
「鏃(やじり)に薬を塗るんだ」
「なんで。お前、毒矢を射るつもりか」
 どうしてそんな回りくどいことをと、ギリスは思った。普通の矢を射て、それで致命傷を与えればすむことだ。矢に毒が塗ってあったら、万が一、味方の兵が扱いにしくじった時、毒にあたって死ぬかもしれない。戦闘中はただでさえ浮き足立つのだし、平素なら簡単なことが、難しい場合もある。
「いいや。眠くなる薬を塗るんだ」
 回りくどいことはしないほうがいいよと忠告しかけていて、ギリスはスィグルが教えてきた話に、思考を止められた。
「眠り薬? なんで、そんなもんを……?」
「生け捕りにするんだ」
 けろっとして言うスィグルは、それがどうしたという口調だが、その目はどことなく、こちらの顔色を読んでいるようだった。

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