もえもえ図鑑

2008/08/11

果たし状

乙女堂で書いてた「グラナダ全員集合編」のおまけです。グラナダ小宮廷に、主人公四人がそろったというシチュエーションがリクエストされたので、その話を書きました。このオマケは別になんともなく全年齢ちっくだったので、こっちにも転載してみる。
ギリスちゃんは、恨んでいる。あいつが俺より大事だということを。

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 みんなで朝食をとったあと、ギリスが現れて、錦で飾った巻物をイルスに手渡した。
「これはなんだ?」
 ろくに警戒する様子もなく、それを受け取って、イルスは中を開いた。しかしそこに書かれていたのは、公用語ではなく、黒エルフの部族の文字だった。
「なんて書いてあるんだ?」
 鼻白んで、イルスがその流れるような文字に目を眇(すが)めた。でも、そうしたところで読めるわけでもない。
「果たし状です」
 さも当然のように、ギリスがけろりとそう翻訳した。
「え、なんの?」
 座った椅子から、イルスは微かに慌てたふうに、ギリスの真顔を見上げた。スィグルはあぜんと、それを見守った。
「受け取ったからには、挑戦を受けたことになりますから。部族の風習です」
「そんなの、受け取る前に教えてくれよ」
 口元を擦って、イルスがぼやいた。
「なにで戦うことになってるんだ?」
「乗馬です。平和に乗馬で。正々堂々と」
 そう言うギリスに、イルスはなあんだという顔をした。
 たぶん、もっと剣呑な対戦を想定していたのだろう。
 乗馬なら遊びみたいなものだったし、イルスの乗馬の腕はなかなかのものだった。
 しかし、ギリスもそう容易い相手とは言えない。
 イルスの乗馬は遊びだが、ギリスにとってはそうではなかった。敵の巨獣がひしめく乱戦の中を、突撃するための技だったからだ。
 スィグルが買い与えたギリスの軍馬は、手綱次第で、普通なら考えられないほどの猪突をするよう仕込まれていた。
 イルスはもちろん、そんなことは知らないだろうと、スィグルは思った。説明すべきか。
「食事もすんだし、これから腹ごなしにやろうか?」
 イルスが気さくに誘うのを、ギリスは首を振って拒んだ。
「俺も支度がありますから。あとで迎えを差し向けます。たぶん昼食後ですから、乗馬服でお待ちください。ほかの皆さんも、できれば観戦の準備を」
 お前も、と、ギリスはスィグルに言った。
 なんだかな。ずいぶん際どいことになってきた。
 どっちが勝ったらどうとか、そういう条件はないのか、お前。
 当然ありそうな話を、ギリスは一切しなかった。そういう話をされても困るのだが、されなくても煮え切らない。イルスも不可解そうな顔をしていた。純粋に勝ち負けを競いたいということなのだろうか。
「彼は上手な乗り手なんですか?」
 ギリスがその場を去ったあと、シェルが興味深げにスィグルに訊ねてきた。
「なかなかやるとは思うけど、どっちが強いかは、走らせてみないと分からないんじゃないか。馬にもよるだろうし」
「でも、あいつは乗り慣れた自分の馬を使う気なんだろ。俺はどうしようか」
 イルスはちょっと苦笑していた。彼は自分の馬までは連れてきていない。
「じゃあ僕のアイレントランを貸してやるよ」
 スィグルは愛馬を貸してやることにした。他の誰かがあれに乗るのは嫌だが、まあイルスならいいかと思って。


 耳を聾するような大歓声だった。
 ギリスは全員を迎えに来て、馬車に乗せ、グラナダ中心市街にある競馬場に連れてきた。
 高覧席に押し込まれた面々は、おめかししてこいと言うギリスの話に従ったために、正装させられ、グラナダ市民がひしめく観覧席から、ものすごい凝視を浴びることになった。
 シェルはほとんど顔面蒼白で耳を押さえていた。たぶん必死で閉心しているのだろう。いくら同盟による停戦中とはいえ、彼は森エルフだったし、ここは黒エルフ領だった。
 シュレーは参ったなという顔をしていたが、シェルを目立たさせないために、精々人の目を引きつけておこうという腹か、立ち上がってにこやかに手をふる大サービスだった。
 領主レイラスが不機嫌なのは、市民はみな見慣れたもので、スィグルが自分専用の座席で苛々していても、返って歓声があがった。それ自体、猛烈に苛つく。
 イルスとギリスは、もちろん下にいた。
 イルスは貸し出したアイレントランに。ギリスは彼の愛馬であるファーグリーズに跨っていた。どちらも凛々しい乗馬服姿だ。しかし遠目に見るイルスの顔は、どう見ても、とほほという苦笑だった。しかしギリスは英雄然とした満面の笑みで、大観衆に応えた。
 銅鑼が打ち鳴らされ、位置に着いた二頭の馬と、二人の騎手は、音高い合図とともに、同時に出走した。
 ギリスの出足は猛烈なものだった。
 乗り慣れないアイレントランを励まして走るイルスを、ギリスは数馬身先を周回しながら振り返ったりした。
 まさか勝つ気じゃないだろうなあと、スィグルは悶々と毒の息を吐いた。
 ギリスは部族の英雄だが、イルスは他国の王族で、勝たせて華を持たせるのが礼儀ってものだった。王宮の馬場で走るならともかく、ここは公の場だ。ギリスはそれを理解してるのか。
 しかし、やがて二人の熱戦は拮抗し始めた。イルスがアイレントランを籠絡したらしかった。
 馬は従順に疾走し、イルスはギリスのファーグリーズをとらえた。しかしもう、残る距離は僅かだった。
 ギリスが勝ち逃げるのではないかと、スィグルは嬉しいような、諦めたような、複雑な気分で、高覧席から見守った。
 乗っているのが他人の馬でなければ、イルスももっと健闘できたろうに。彼と張り合いたいギリスの愚かな意地のせいで、ずいぶんな目に遭わせることになった。
 どうやって埋め合わせようかと、スィグルが考え始めたとき、歓声とは違うものすごい大音声が、観客席からあがった。隣でシェルが、ぎゃっと小さな悲鳴を上げた。驚いたらしかった。
 慌ててスィグルが下を見ると、ギリスが落馬していた。馬はそのまま走り抜け、驚いて振り向きながら勝ち抜けていくイルスのアイレントランを追い抜いていった。
 つまり。
 つまりイルスが勝ったのだ。
 馬はギリスのファーグリーズがアイレントランを抜いて先に行ったが、その鞍は空だったのだから。
 しかしイルスは勝ち誇ってはいなかった。目の前で激しく馬から落っこちたギリスを心配して、彼は馬を巡らせ、すぐに戻ってきた。
 黒土まみれになって倒れていたギリスを、イルスは遠目にも慌てているふうに、抱え起こした。
 昏倒していたのか、ギリスは助け起こされて、頭をひとふりし、そして、けろっとしたふうに立ち上がった。
 にこにこしているギリスの無事を見て、観衆はやっと大歓声をあげた。無痛のエル・ギリスの名が晴れがましく叫ばれた。
 スィグルはなんだか身悶えたい気分で、高覧席で頭を抱えた。
 あいつは、わざとやったのか。わざと馬から落ちたのか。それとも本当に落馬したのか。
 勝者に敬服して、ギリスは恭しくイルスに一礼した。イルスは笑いながら、それに一礼をもって応えた。
 まるで芝居のような、その日の競馬は、前もって宣伝を打たれていたらしく、莫大な収益をグラナダ宮殿の金庫にもたらした。市街はその話に湧いたらしい。宮殿の目安箱には、あの試合をもう一度やってみてほしいという投書が、厨房の焚き付けに使うとちょうどいいくらいの大量さで届いた。落馬しなければ、うちの英雄が勝ったのではないかと、皆思うらしかった。とにかく身びいきの強いのが、この部族の性格だからだ。
「お前は、わざと落ちたんだろ?」
 二人きりになってから、スィグルが訊ねると、ギリスは首を横に振った。
「いいや、ほんとに落ちたんだよ。俺、脱臼してたらしい。どうりで変だった。まあ、そんなもんで済んで、よかったけど。馬も無事だったし」
 嘘だ。と、スィグルは睨み付けたが、ギリスは知らん顔をしていた。
「もういいや。俺の負けだし。やりなおしても白けるし。折角だけど、こういうのは幻のレースなんだよ」
 にっこりと微笑んで、ギリスは懐から何枚かの紙切れを取り出した。どうも馬券のようだった。
「これ、俺のファーグリーズの馬券だよ。お前はどうせ、どっちにも賭けなかったろ? だから、これやるよ。今日の記念に、持っててよ」
「お前の敗北の記念にな」
 受け取りながら、スィグルが言うと、ギリスはまた、にっこりと笑った。それは悪童の笑みだった。
「イルスと張り合わないでくれ、ヴァン・ギリス」
「俺は儲けたかっただけだよ」
 頷きながら言うギリスの言葉には嘘があるようには思えなかった。ギリスが嘘をつくことはない。
 懐から、また別の馬券を取り出して、ギリスはそれに口付けをした。
「俺は、お前のアイレントランに賭けたから。大穴だった。部族の者は、皆俺に賭けたからさ。記念に置いておく? それとも銀貨に変えて、街でお前になにか、甘いものでも買ってこようか?」
 真剣に訊いているらしいギリスがおかしく、スィグルは笑った。腹を抱えて。
 その日の勝負は、それで終わりだった。
 イルスがどう思ったか聞こうと思い、スィグルは部屋を出て行った。ギリスはただ微笑むだけで、それを追ってはこなかった。

《おしまい》
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