大宴会2
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バーテンに電話を借りて、ふと誰に電話しようかとヘンリックは迷った。
仲間と言われても、突然困る。
昔からの知り合いは、いろいろ脳裏に浮かぶし、今も常に有象無象に囲まれている気がするが、飲み仲間というようなのは、レスター以外に思いつかなかった。
夜警隊(メレドン)の連中を呼ぶと、えらいことになりそうだった。大乱闘というのは是非避けたい。何人来ようが、あの隻眼男がまとめて焼却処分するに違いない。やつは火炎術を操る魔法戦士だから。
こんなスキマの国で火祭りを見せられても、大弱りだ。
がっくりと疲れて、ヘンリックは結局、誰にもかけずにバーテンに電話を返した。
「お前、友達がいないんだろう」
戻ってきたのを、リューズがこの上なく嬉しそうな底意地の悪い顔で、にやにや見つめてきた。その隣にいる隻眼くんも、じっと見つめてくる。こっちはにやにやではない。いかにも端正な仏頂面でだ。
背ばかり高いこんなひょろっとした人形みたいなやつが、実は火炎放射器だなんて、誰が気付くか。ヘンリックは過去を悔やんだ。
「貴様は、なにか俺に言うべきことがあるのではないか」
あきらめて席に戻ったヘンリックを、エル・イェズラムがそんな話で迎えた。
ヘンリックは二杯目のウォッカをあおって、気合いを入れた。
「イルスのことだろ」
酔っているかどうか確かめようと、ヘンリックはカウンターで頭を抱えて目を閉じた。全く酔っていなかった。酔ってたかもしれないが、あっちっちのツラを見た瞬間、なにもかも醒めた。
「そうだなあ。まあ、まだ執筆がそこへ至っていないとはいえ、俺はお前の息子の命の恩人(※予定)ではないのかなあ。その上、残り少ない余命を使い尽くしてまで、お前の息子を助けるわけだが。お前の息子をな」
「わかったから……」
正直、誰も呼ばなくてよかったとヘンリックは思った。こんな姿は沽券にかかわる。
「お前には、感謝している(※予定)」
「そうだろうなあ。俺に跪いて礼を言え、過去の非礼を詫びろ。いっぺんでも正式に謝罪された記憶がないが」
「まあまあ、イェズラム。仮にも族長冠をかぶっている頭を地につけさせるな」
リューズが上機嫌にたしなめ、イェズラムはそれに、ケッとかすかに毒づいた。
「話が終わったところで、さっさと帰っていいか、俺は」
「いやいや、まさか。本題はこれからだ。お前にお友達を作ってやるための会だから。まずは親睦を深めないと」
席を立とうとするヘンリックを押しとどめて、リューズはにこやかに言った。
「誰と親睦だ」
「イェズラムと」
にっこり答えるリューズの顔を、ヘンリックはただ見つめた。
しばらく待ってみたが、リューズはこちらの返事を待つように、ただにこにこ黙っていた。
「よせよ、リューズ。お前の頭のなかにどんな虫が湧いてるのか本気で見たくなってくるから」
「仮にもうちの族長冠をかぶっているアホだから非礼も休み休み言え、娼婦の息子」
煙管を吸いながら、すかさずあっちっちが突っ込んできた。リューズは話を聞いているのか、いないのか、微笑を崩さずけろっとしていた。
「お前ら芸風が似てるから、きっといい友達になれる」
「リューズ、俺は女がいれば友達はいらないタイプだから、気遣い無用で頼む」
「そういう女も死んじゃってるじゃないか。甲斐性無し。あ、そうだ、なんなら奥さん呼ぶか」
「やめてくれ。ていうか何でお前がヘレンと連絡とれるんだ!」
メールでいいだろという状況だが、なぜかリューズはわざわざ携帯から電話をかけた。
もしもし、と答える声が、すぐに洩れてきた。ヘンリックには、よく知っている声だった。息が止まりそうだった。
「リューズ・スィノニムです奥さん。いつもご主人にお世話しております。よかったらこれからご一緒に飲みませんか。ご主人も一緒ですから。あ、平気です、死んでても。そんな貴女も素敵ですよ」
「他人の妻を口説くなリューズ、名君の仮面がはがれるぞ。お前にステキな妄想を抱いている乙女たちも絶叫するぞ。はじけるのは後宮の中でだけにしろ」
にこやかに話すリューズを見るのもいやだという様子で、エル・イェズラムは顔をそむけたまま説教をした。
「来るって言ってるから、ヘンリック。よかったな、俺のことを親友だと紹介していいぞ」
嬉しげに背中を叩いてくるリューズを、ヘンリックはカウンターに項垂れたまま睨んだ。リューズは一点非の打ち所のない上機嫌だった。
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バーテンに電話を借りて、ふと誰に電話しようかとヘンリックは迷った。
仲間と言われても、突然困る。
昔からの知り合いは、いろいろ脳裏に浮かぶし、今も常に有象無象に囲まれている気がするが、飲み仲間というようなのは、レスター以外に思いつかなかった。
夜警隊(メレドン)の連中を呼ぶと、えらいことになりそうだった。大乱闘というのは是非避けたい。何人来ようが、あの隻眼男がまとめて焼却処分するに違いない。やつは火炎術を操る魔法戦士だから。
こんなスキマの国で火祭りを見せられても、大弱りだ。
がっくりと疲れて、ヘンリックは結局、誰にもかけずにバーテンに電話を返した。
「お前、友達がいないんだろう」
戻ってきたのを、リューズがこの上なく嬉しそうな底意地の悪い顔で、にやにや見つめてきた。その隣にいる隻眼くんも、じっと見つめてくる。こっちはにやにやではない。いかにも端正な仏頂面でだ。
背ばかり高いこんなひょろっとした人形みたいなやつが、実は火炎放射器だなんて、誰が気付くか。ヘンリックは過去を悔やんだ。
「貴様は、なにか俺に言うべきことがあるのではないか」
あきらめて席に戻ったヘンリックを、エル・イェズラムがそんな話で迎えた。
ヘンリックは二杯目のウォッカをあおって、気合いを入れた。
「イルスのことだろ」
酔っているかどうか確かめようと、ヘンリックはカウンターで頭を抱えて目を閉じた。全く酔っていなかった。酔ってたかもしれないが、あっちっちのツラを見た瞬間、なにもかも醒めた。
「そうだなあ。まあ、まだ執筆がそこへ至っていないとはいえ、俺はお前の息子の命の恩人(※予定)ではないのかなあ。その上、残り少ない余命を使い尽くしてまで、お前の息子を助けるわけだが。お前の息子をな」
「わかったから……」
正直、誰も呼ばなくてよかったとヘンリックは思った。こんな姿は沽券にかかわる。
「お前には、感謝している(※予定)」
「そうだろうなあ。俺に跪いて礼を言え、過去の非礼を詫びろ。いっぺんでも正式に謝罪された記憶がないが」
「まあまあ、イェズラム。仮にも族長冠をかぶっている頭を地につけさせるな」
リューズが上機嫌にたしなめ、イェズラムはそれに、ケッとかすかに毒づいた。
「話が終わったところで、さっさと帰っていいか、俺は」
「いやいや、まさか。本題はこれからだ。お前にお友達を作ってやるための会だから。まずは親睦を深めないと」
席を立とうとするヘンリックを押しとどめて、リューズはにこやかに言った。
「誰と親睦だ」
「イェズラムと」
にっこり答えるリューズの顔を、ヘンリックはただ見つめた。
しばらく待ってみたが、リューズはこちらの返事を待つように、ただにこにこ黙っていた。
「よせよ、リューズ。お前の頭のなかにどんな虫が湧いてるのか本気で見たくなってくるから」
「仮にもうちの族長冠をかぶっているアホだから非礼も休み休み言え、娼婦の息子」
煙管を吸いながら、すかさずあっちっちが突っ込んできた。リューズは話を聞いているのか、いないのか、微笑を崩さずけろっとしていた。
「お前ら芸風が似てるから、きっといい友達になれる」
「リューズ、俺は女がいれば友達はいらないタイプだから、気遣い無用で頼む」
「そういう女も死んじゃってるじゃないか。甲斐性無し。あ、そうだ、なんなら奥さん呼ぶか」
「やめてくれ。ていうか何でお前がヘレンと連絡とれるんだ!」
メールでいいだろという状況だが、なぜかリューズはわざわざ携帯から電話をかけた。
もしもし、と答える声が、すぐに洩れてきた。ヘンリックには、よく知っている声だった。息が止まりそうだった。
「リューズ・スィノニムです奥さん。いつもご主人にお世話しております。よかったらこれからご一緒に飲みませんか。ご主人も一緒ですから。あ、平気です、死んでても。そんな貴女も素敵ですよ」
「他人の妻を口説くなリューズ、名君の仮面がはがれるぞ。お前にステキな妄想を抱いている乙女たちも絶叫するぞ。はじけるのは後宮の中でだけにしろ」
にこやかに話すリューズを見るのもいやだという様子で、エル・イェズラムは顔をそむけたまま説教をした。
「来るって言ってるから、ヘンリック。よかったな、俺のことを親友だと紹介していいぞ」
嬉しげに背中を叩いてくるリューズを、ヘンリックはカウンターに項垂れたまま睨んだ。リューズは一点非の打ち所のない上機嫌だった。
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