もえもえ図鑑

2008/08/11

大宴会3

←前へ

「イェズラムはいい奴だぞ、ヘンリック。面倒見はいいし、頭は切れるし、説教くさいのが玉に傷だが、それもまあ親切心からのことだからな。イェズがお前を嫌いなのは、お前が無礼だったからだ。昔のお前は寄ると触るとケンカ腰だったからなあ。でももう大人になったのだし、恩もある(※予定)のだし、気持を入れ換えて友情を育んでみたらどうだ。年上の友人はいいものだぞ。治世の相談にも乗ってもらえるしな。俺もこいつにはいつも何でも話すことにしているんだ」
 いかにも正論だろうという上から目線で、リューズは隣席から諭してきた。ヘンリックは黙ってそれを聞いた。物を言う気になれなかったからだ。
「リューズ、話の途中に悪いが、ひとつ訂正していいか」
 煙を吐いて、イェズラムが呼んだので、リューズはにこやかなまま、反対の隣席へと顔を向けた。
「俺とお前は、友達ではない。俺がお前の面倒をみるのは、それが仕事だからだ」
 もくもくと煙をまとう死霊の顔を、リューズは見つめているらしかった。
「え。友達だろ? 仕事を抜きにしても、同じ派閥の飯を食った仲じゃないか。お前や、シャロームや、ヤーナーンや、ビスカリスや……」
「家臣だろ、全部。みんなお前が使い潰した竜の涙だろ。そういう俺も例に漏れず」
 あっちっちは呆れた顔で教え、リューズはどんな顔をしているやら、微動だにしない。
 こいつは、おセンチな勘違い野郎だからなあと、ヘンリックは思った。
「でも、皆、親しかったろ。俺の面倒をみてくれたし、一緒に遊び歩いた仲だぞ」
「お前を護衛するよう命じられていたんだ、長老会から。お前の気に入りそうな者を俺が選んだ」
「エルエルも?」
「あいつはお前のマニアックなファンみたいなもんだろ。友達というよりユーザーだろ。隙あれば食おうということだろ。気を付けろよ、ほんとに」
 知らないからな、と冷たく言って、イェズラムはグラスの酒を飲んだ。
 リューズがくるりとヘンリックに顔を向けた。
「どうしたものか、ヘンリック。今まで信じていた友達だらけの世界が消失した。他人だらけになった。俺は孤独だ。お前も実は赤の他人なのか」
 リューズは真顔でそう訊いてきた。そうだと言いたいところだったが、いやな感じに気がとがめた。危ない、罠だと叫ぶ声が脳裏に響いた。作戦だ、女顔のアホの天然光線だぞ。
「……他人?」
 疑問型がギリギリ一杯の線だった。
 その返事を聞いて、リューズはがっかりしたふうにうなだれた。肩を落とし、リューズはまずそうに酒を舐めた。
「ああそうか。よく分かった。一生懸命やってきたが、友はいないし、妻たちとは冷えきった仮面夫婦だし、子供たちとは深くて暗い溝があるんだ。どうせ俺はひとりで寂しく年老いていく哀れな族長さんなんだ」
「いまさら気付いたか」
 イェズラムが容赦なく相槌を入れた。リューズは深い溜め息をついた。
「イェズ、俺は腹が減った。寿司が食いたいから、誰かに買いに行かせろ」
 うなだれたリューズがそう言うと、イェズラムは懐から携帯電話を取り出した。お前も持ってんのか。しかも同キャリアか。お前らの宮廷の連中はまさか皆持ってるのか。みんなで大家族割りか。
 内心でそう突っ込むヘンリックの目の前で、イェズラムの通話はつながった。
「エル・ジェレフか。俺だ。死んだらしいな。お前もこれで一人前だ。族長が寿司を食いたいらしい。買ってこい。寿司萬の特上握りだ。イクラは嫌いだから省かせろ。十五分で来いよ」
 まさに一方的とはこのことだ。通話の相手は返事をする暇もないようだったが、イェズラムは気にせず電話を切った。
「お前ら怖いから」
 どちらにともなくヘンリックは教えてやった。
 リューズはきょとんとし、イェズラムはにやりとした。
「リューズに友達なんぞできるわけがない。根っからの王族だからな」
「お前の言う通りだな……」
 何かげっそりして、ヘンリックは魔導師に同意した。リューズはかすかにムッとしたようだった。
「リューズ、友達というのは、対等な関係なんだ。多少は依存してもいいが、限度があるだろう。お前が死ねと命じて、おとなしく死ぬような奴は、友達ではない。お前は俺になんでも相談してきたが、俺がお前に自分の悩みをなにか相談したことが一度でもあったか」
 ないだろ、という口調で問われて、リューズはぎょっとしている。
「お前に悩みなんかあったのか、イェズラム」
「無いほうが不自然だろ。餓鬼のころからお前の兄に死ぬほどこき使われて、その後はお前に振り回されて生きてきたんだぞ。自分の派閥争いに、お前の継承争いに、部下のケンカに、お前の餓鬼と女房どものお守りに、それだけで休む暇もなかったさ。その上、俺は戦闘にも出ていたんだぞ。将来の戦力になる部下も育てにゃならんし、死んでいくやつの面倒もみなきゃならん。それを全部、自分の死病の苦痛や恐怖と闘いながらだぞ」
 畳みかけるように真顔で言われ、リューズががっつんとショックを受けた顔をした。
「お前が後宮で女どもと目隠し鬼に打ち興じてる間に、こっちは死にかかってたんだ。それでどうやって友情とかやってられるんだ?」
 そんなことやってたのか、リューズ。お前は女顔のバカ殿様か。
 ヘンリックは正直そう思ったが、とても突っ込める雰囲気ではなかった。リューズはどこか、ぼけっとして話を聞いていたが、なぜか今にも卒倒するのではないかという悪い予感がした。
「言えばよかったのに」
「言ったら負けだろ。男が泣き言を言うもんじゃないぞ、リューズ。お前のお友達を見ろ」
 結局は説教オチかと傍観していたヘンリックは、唐突に指さされて呆気にとられた。
 リューズが、いつになく険しい顔でこちらを見た。
「ヘンリック?」
「そうだ。こいつは独りで耐えてるだろ」
 ああ、やれやれという顔をして、隻眼の魔導師はカウンターのグラスから残っていたアブサンを飲んだ。
「貧民出のアホだが、王者の素養があるんだよ」
 ものすごく蔑むような目で眺めてきながら、イェズラムは誉めた。
 一瞬、いいやつなのかという錯覚がした。
 突然、話の腰を折るように、店の扉が開いた。豪雨は続いていた。そこには傘をさして寿司折りを持った長髪の男と、その傘を差し掛けられた、びしょぬれの赤いレインコートを着たヘレンが立っていた。

→次へ
←Web拍手です。グッジョブだったら押してネ♪
コメント送信

 
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース