おっさんだらけの大宴会
「作者がお前を飲みに誘ってやれというから、誘ってやったぞ、ヘンリック」
どうだとリューズは得意げな顔をしているが、誘ってやったぞというか、すでに店の中だった。どう見ても、怪しげな薄暗い場末のバーだった。店の看板にはバー「魔の巣」と書かれていた。
カウンターの横の席に座っているリューズに目を戻して、ヘンリックは訊ねた。
「お前はなんでこんな店に出入りしてるんだ。下戸のくせに」
「いや、出入りしているわけでは。スキマの国ポルタから、スキマ繋がりさ。お前の心のスキマお埋めします」
ジン・トニックかと思えるグラスに手をかけたまま、リューズは真顔で言った。
いつもの派手服ではなく、彼は黒一色の普段着を着ていた。でもよく見ると一面黒い糸で刺繍がされていた。蝶の文様だった。結局、衣装倒錯かとヘンリックは思った。しかしそれはリューズにはよく似合っていた。
「大丈夫なのかそれで、お前のキャラクター性は」
「育児で悩んでいるだろう」
「悩んでない」
即答すると、リューズはじっと疑わしげにこちらに流し目をくれ、グラスから飲んだ。
カウンターのストゥールだから、この椅子には背もたれがないが、もしリューズが酔っぱらって気絶したら、やはり後ろ向けに倒れるのだろうかと、今からすでに嫌な予感がした。あんまり飲まないでほしかった。
「お前は俺が下戸だと思っているんだろう。それは十八のときの話だ。今は特訓の成果もあって、昔ほどじゃなくなったぞ。これ一杯くらいは飲んでも平気だ。二杯目になると気絶だが」
耳かき一杯が小さじ一杯に増えたくらいで、そんな偉そうなツラすんな。そう思いつつ、ヘンリックはバーテンにウォッカを注文した。とにかくなんか強いやつ。正気でいるとつらいから。
出てきたアルコール度数40度を一気に飲むヘンリックを、リューズはガーンみたいな顔で見ていた。これぐらいでびびるな。とにかく飲まなきゃ。この際、味なんて。スピリタスでもいい。
「お前んちの息子、紫煙蝶のときに来たけど、挨拶へろへろだったぞ、ヘンリック。もっと、ちゃんと仕込んどけ」
「ほっとけ。そんなの俺の仕事じゃない。お前だって息子の挨拶まで指導してないだろ、守り役か教師の仕事だろ」
「俺は他人任せはやめたから。「新星の守護者」参照のこと」
勝ち誇ったふうに言って、リューズはまたグラスから飲んだ。飲むな。ヘンリックは目で訴えた。
「二人だとつまんないから、他にも呼んだから」
ふと何かに気付いた顔をして、リューズは懐から携帯電話を取り出した。
「なんでお前ケータイ持ってんだ、これは中世風異世界ファンタジー小説だぞ」
「いや。便利だから買ったんだ。メール来た。到着したらしい」
「誰を呼んだんだ」
「イェズラム」
ヘンリックは自分のほうが先に椅子から落ちるかと思った。相性の悪い相手だった。昔、うっかりケンカをして、こてんぱんにされたことがあった。
まあ何だか理由はいろいろ好き勝手に考えられているようだが、原則としては、誘った手合わせ(デュエル)を「戦うまでもなく、俺のほうが強いから」という理由で断った長髪野郎が、めちゃめちゃむかついたので、からかいまくってケンカを売ったら、本当に向こうのほうが強かったというだけの話だ。若気の至りということで。
店の扉がバーンと開き、外は豪雨だった。閃く雷鳴を背に、死霊みたいな隻眼の黒エルフが傘をさして立っていた。どう見ても怒っているような顔だった。
この世界に傘があったのか。
というか。
このスキマ時空から帰る方法はあるのか。
ヘンリックはそれについて深く考えてみた。店の外が一応あることは、今この瞬間にわかった。とにかく店を出ることはできる。
後ろ手に扉を閉めて、その隻眼の男、エル・イェズラムはつかつかとこちらにやってきた。豪雨のせいか、長衣(ジュラバ)の裾がうっすらと濡れていた。
「元気そうだな、兄弟。死んでる割には」
機嫌良くリューズは言ったが、相手は不機嫌だった。
「死んだら解放されて昼寝し放題のはずだがなあ。なんで俺が娼婦の息子と飲まねばならないのか」
たまたま隣にいた見知らぬ客だと思っていないかという期待は甘すぎる。
竜の涙はリューズを挟んで反対側の席につき、アブサンを注文し、一気に飲み干してから、いきなり煙管に火をつけた。
酔っぱらう気だ。酒と葉っぱを併用するとは。酔わなきゃやってられないという態度が、より明確だ。
ヘンリックは今までの人生で対戦したことのあるなかで、ただ一人、自分より強かった男を見つめた。まあ、今さら言わせてもらえば、魔法なんて反則だが。
「これだと俺に分が悪すぎないか。レスターを呼んでくれ、リューズ」
「しょうがないやつだな。じゃあ俺がメールを送って招待してやるから」
そう言って、リューズはなにか携帯に打ち込み、送信した。
返信はすぐに返ってきた。
「着信拒否」
リューズが嬉しそうに言った。
「レスター……」
「ひとりで戦え、娼婦の息子」
煙を吐きながら、隻眼の男は言った。
戦うって何を戦うんだ。飲み会だろ。てめえと野球拳か? それとも王様ゲームか? 地獄絵図だ。
「仲間を呼んでもいいが、三十歳以上限定だからな、ヘンリック。そういう会だから」
リューズは中年になっても全く空気を読めないので、にこにこしている。
「どういう会だ。電話してくる」
ヘンリックはとにかく席を離れた。このままこっそり帰ってもいい。
「お前もケータイ持てばいいのに! メール送ってやるのに」
絶対いやだ。背中に呼びかけてきたリューズの言葉に、ヘンリックは独り言で応えた。
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どうだとリューズは得意げな顔をしているが、誘ってやったぞというか、すでに店の中だった。どう見ても、怪しげな薄暗い場末のバーだった。店の看板にはバー「魔の巣」と書かれていた。
カウンターの横の席に座っているリューズに目を戻して、ヘンリックは訊ねた。
「お前はなんでこんな店に出入りしてるんだ。下戸のくせに」
「いや、出入りしているわけでは。スキマの国ポルタから、スキマ繋がりさ。お前の心のスキマお埋めします」
ジン・トニックかと思えるグラスに手をかけたまま、リューズは真顔で言った。
いつもの派手服ではなく、彼は黒一色の普段着を着ていた。でもよく見ると一面黒い糸で刺繍がされていた。蝶の文様だった。結局、衣装倒錯かとヘンリックは思った。しかしそれはリューズにはよく似合っていた。
「大丈夫なのかそれで、お前のキャラクター性は」
「育児で悩んでいるだろう」
「悩んでない」
即答すると、リューズはじっと疑わしげにこちらに流し目をくれ、グラスから飲んだ。
カウンターのストゥールだから、この椅子には背もたれがないが、もしリューズが酔っぱらって気絶したら、やはり後ろ向けに倒れるのだろうかと、今からすでに嫌な予感がした。あんまり飲まないでほしかった。
「お前は俺が下戸だと思っているんだろう。それは十八のときの話だ。今は特訓の成果もあって、昔ほどじゃなくなったぞ。これ一杯くらいは飲んでも平気だ。二杯目になると気絶だが」
耳かき一杯が小さじ一杯に増えたくらいで、そんな偉そうなツラすんな。そう思いつつ、ヘンリックはバーテンにウォッカを注文した。とにかくなんか強いやつ。正気でいるとつらいから。
出てきたアルコール度数40度を一気に飲むヘンリックを、リューズはガーンみたいな顔で見ていた。これぐらいでびびるな。とにかく飲まなきゃ。この際、味なんて。スピリタスでもいい。
「お前んちの息子、紫煙蝶のときに来たけど、挨拶へろへろだったぞ、ヘンリック。もっと、ちゃんと仕込んどけ」
「ほっとけ。そんなの俺の仕事じゃない。お前だって息子の挨拶まで指導してないだろ、守り役か教師の仕事だろ」
「俺は他人任せはやめたから。「新星の守護者」参照のこと」
勝ち誇ったふうに言って、リューズはまたグラスから飲んだ。飲むな。ヘンリックは目で訴えた。
「二人だとつまんないから、他にも呼んだから」
ふと何かに気付いた顔をして、リューズは懐から携帯電話を取り出した。
「なんでお前ケータイ持ってんだ、これは中世風異世界ファンタジー小説だぞ」
「いや。便利だから買ったんだ。メール来た。到着したらしい」
「誰を呼んだんだ」
「イェズラム」
ヘンリックは自分のほうが先に椅子から落ちるかと思った。相性の悪い相手だった。昔、うっかりケンカをして、こてんぱんにされたことがあった。
まあ何だか理由はいろいろ好き勝手に考えられているようだが、原則としては、誘った手合わせ(デュエル)を「戦うまでもなく、俺のほうが強いから」という理由で断った長髪野郎が、めちゃめちゃむかついたので、からかいまくってケンカを売ったら、本当に向こうのほうが強かったというだけの話だ。若気の至りということで。
店の扉がバーンと開き、外は豪雨だった。閃く雷鳴を背に、死霊みたいな隻眼の黒エルフが傘をさして立っていた。どう見ても怒っているような顔だった。
この世界に傘があったのか。
というか。
このスキマ時空から帰る方法はあるのか。
ヘンリックはそれについて深く考えてみた。店の外が一応あることは、今この瞬間にわかった。とにかく店を出ることはできる。
後ろ手に扉を閉めて、その隻眼の男、エル・イェズラムはつかつかとこちらにやってきた。豪雨のせいか、長衣(ジュラバ)の裾がうっすらと濡れていた。
「元気そうだな、兄弟。死んでる割には」
機嫌良くリューズは言ったが、相手は不機嫌だった。
「死んだら解放されて昼寝し放題のはずだがなあ。なんで俺が娼婦の息子と飲まねばならないのか」
たまたま隣にいた見知らぬ客だと思っていないかという期待は甘すぎる。
竜の涙はリューズを挟んで反対側の席につき、アブサンを注文し、一気に飲み干してから、いきなり煙管に火をつけた。
酔っぱらう気だ。酒と葉っぱを併用するとは。酔わなきゃやってられないという態度が、より明確だ。
ヘンリックは今までの人生で対戦したことのあるなかで、ただ一人、自分より強かった男を見つめた。まあ、今さら言わせてもらえば、魔法なんて反則だが。
「これだと俺に分が悪すぎないか。レスターを呼んでくれ、リューズ」
「しょうがないやつだな。じゃあ俺がメールを送って招待してやるから」
そう言って、リューズはなにか携帯に打ち込み、送信した。
返信はすぐに返ってきた。
「着信拒否」
リューズが嬉しそうに言った。
「レスター……」
「ひとりで戦え、娼婦の息子」
煙を吐きながら、隻眼の男は言った。
戦うって何を戦うんだ。飲み会だろ。てめえと野球拳か? それとも王様ゲームか? 地獄絵図だ。
「仲間を呼んでもいいが、三十歳以上限定だからな、ヘンリック。そういう会だから」
リューズは中年になっても全く空気を読めないので、にこにこしている。
「どういう会だ。電話してくる」
ヘンリックはとにかく席を離れた。このままこっそり帰ってもいい。
「お前もケータイ持てばいいのに! メール送ってやるのに」
絶対いやだ。背中に呼びかけてきたリューズの言葉に、ヘンリックは独り言で応えた。
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