もえもえ図鑑

2008/08/07

タンジール・サウザス往復書簡(4)

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 エル・エレンディラとアイスを食っていたら、サフナールがまた鷹を連れてきた。
「サウザスからお返事のようでございます、リューズ様」
 エレンディラはサフナールの兄(デン)なので、サフナールはエレンディラが座る下座より、さらに後ろに膝をついた。サフナから手紙を受け取ったエレンディラが、それをリューズに差しだした。
 リューズは銀のスプーンをくわえたまま薄紙を開いた。

わかった。

ヘンリック・ウェルン・マルドゥーク(族長印璽なし)


「あいつハンコも捺してないぞ」
「まああ、リューズ様に対しなんという無礼」
 アイスを食いながらエレンディラが目くじら立てている。
「わかったって、どういう意味だ。息子を送るという意味だと思っていて大丈夫なのか」
「お越しになるのが王族ですと、それ相応の典礼もございますからねえ」
 サフナールがもっともなことを言っている。
「しょうがない。もういっぺん鷹通信(タヒル)を送るか。まったく言葉の足らない奴だ。おかげで無駄に鷹を飛ばすことになる」
 自分がやってくると言い置いて、サフナールが席を立った。
 気が利くな。
 しかしあの女、まさか俺の印璽を勝手に使う気か?
 微笑しながらリューズはその華奢な後ろ姿を見送る。おもしろい娘だな。
「平民出の族長でございますから。リューズ様のようなご高配を期待するだけ無駄ですわ」
 おっほっほと高笑いして、エレンディラは世辞を言った。
 いまや長老会を牛耳っているのはこの女だ。イェズラムの後釜というほどの力はまだ持っていないらしく、対抗馬が何人かいるようだが、後釜狙いなのは自他共に認めるところだろう。
 同じ竜の涙の長老というのに、イェズラムとは真逆の芸風だ。とにかく褒め殺し。どこまで本気なのだか。それでもリューズにとっては、すでに数少なくなった、子供の頃から知っている顔だ。
「時にエレンディラよ」
 アイスを食い終わった銀杯を膳に放り出すと、エレンディラが彼女の華麗な飾り帯にはさんであった刺繍入りの布をとりだして、リューズの口を拭こうとした。ぎょっとしてリューズは身をひいた。
「なんのつもりだ」
「エル・エルがお口を拭いてさしあげます」
「勘弁してくれ」
 確かに幼い頃はこの女のことをそう呼んでいた。エレンディラって長いだろ。
 しかし三十にもなった男にそんな話を蒸し返すのは厭がらせではないのか。
「なんのお話しでございますか」
「竜の涙の未来視にとって、予知にかかる負荷はどれほどのものか」
「わたくしは未来視はいたしませんので伝聞でございますが、かなりのものでございます。千里眼、未来視のたぐいは」
 いまだに口を拭こうと隙をうかがいながら、エレンディラが話している。
「太祖アンフィバロウの双子の兄君は千里眼と未来視の力をお持ちでした。逃避行のタンジール到着を未来視したために、二十歳で亡くなられました」
「お前たち英雄の祖だな」
「左様でございます。以来、玉座と長老会は双子のごとくが理想でございます。決して回廊でガミガミ言い合ったり、げしげしやり合ったりするのではいけません。どなたかのように」
 咳払いをする女が隻眼の顔を想定していることは明らかだった。
「いやいや、話をそらすな。ヘンリックの三男は未来視だそうだ。落盤の予知が難航しているようだから、手伝わせるわけにはいかんのか。予防なり退避なりできれば、ジェレフもまだ死なずにすむだろう」
「わたくしが思いますに、英雄の死には散り花が必要でございます。エル・ジェレフは主に民衆に尽くした治癒者でした。ですから去り際もそのようにしたほうが、ダージのまとまりがよろしいかと」
「イェズラムが生きていたら何と言うだろうか」
 微妙なところだと悩みながら、リューズは半ば無意識にその問いを口にした。ジェレフは確かイェズラムの派閥にいたはずだ。
 エレンディラがにやりと笑い、考え込んだ隙をついてリューズの口を布で拭った。
「イェズは死にました、スィノニム殿下」
 婉然と微笑んで、エレンディラが耳打ちしてきた。
 おっそろしい女だエル・エルは。縮み上がるぜ。リューズは苦笑しながら唇を舐めた。
 強圧的だった長老イェズラムが消えて、派閥の安定は失われている。抗争が始まっていた。そのあおりで、サフナールのように突然身近に浮上してくる者もあれば、消え去る者もいる。エル・ジェレフのように。
 タンジールを出て領地グラナダに隠遁している息子はどうなったかなと、リューズは心配だった。王宮には自分の目が届くが、外にはどうかな。
 そこは、それぞれの星が生まれ持った運を信じるしかない。
「失礼いたしますわね」
 エレンディラが煙管を取り出し、にっこりとした。麻薬(アスラ)を吸うつもりらしかった。痛みがあるようには見えない涼しい顔を、エレンディラはしていた。リューズは鷹揚に許した。
 ゆたりと漂い始めた細い煙の甘く涼やかな香りを嗅いで、リューズは晩餐も果てた玉座の間(ダロワージ)を見渡した。
「紫煙蝶(ダッカ・モルフェス)か……」
 懐かしい匂いだ。
 とにかく宮廷というところでは、一日一日が綱渡りだ。
 これがいつまで続くのやら。まったく疲れの抜けない毎日だった。

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