もえもえ図鑑

2008/08/31

新星の武器庫(19)

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 宮殿からエル・ギリス名義で発注された連弩は、グラナダの武器職人組合の名誉にかけて、総出で大量生産されはじめた。
 職人イマームは苦笑顔で、いまや組合の親方面をした意気揚々の息子を連れて、市内にある職人たちの工房を回り、精密に描かれた図面を配り、作業の勘所を根気強く説明し、そしてまた、大人用の連弩なる奇妙な大量注文がなぜ発生したのかを、皆に語ってきかせた。
 他の者なら、そうは行かなかったのかもしれないが、イマームの職人としての信用と、実直な性格とが、皆の信頼を受けたようで、連弩は滞りなく制作され、つぎつぎと宮殿に納入されてきた。
 武器職人組合が、他からの依頼を全て順延にして、宮殿からの発注品を作っているという噂は、あっという間に都市内を駆けめぐった。職人たちには箝口令を敷いたため、その武器がなんであるか、肝心のところは秘密が守られていたが、なぜか、領主が牛の目のファサルを討伐するつもりで、その謎の武器を造らせている点については、市井の誰もが知るところとなった。
 おそらく、どうしても黙っていられなかった小さな親方が、ついうっかり親しい友人たちに口を滑らしたのだろう。
 その暴露は、確実に武器職人組合の名声を高め、市民の目はじっと期待をこめてグラナダ宮殿の門を見つめるようになっていた。
 イマームはグラナダ宮殿内に与えられた工房で、その大量の武器をひとつひとつ自分の目で確認し、造りに難のあるものは、制作した工房に送り返した。
 ほとんど不眠不休の作業ではないかと思えたが、男は嬉しいようだった。
 息子の連弩が認められたのがか、とギリスは彼を眺めたが、どうもイマーム本人も心密かに、この七連射に惚れ込んでいるらしかった。
 あからさまにベタ惚れのケシュクと、自分は別にしても、例の勝負の終わりに試射をしたスィグルも、まんざらでない顔だった。
 餓鬼の玩具と鼻で笑ってみせはするが、あいつはもともと、こういう機関(からくり)ものには目のない質だ。
 タンジールの玉座の間(ダロワージ)にひとつだけあった大時計の機械仕掛けに執着して、スィグルはそれをグラナダに持って行くため複製しようとした。
 しかし、これは王都の秘宝なので、許可された職人以外は中を開いて見ることも、触ることも許されない、それは宮廷の長年の掟であると、がんとして譲らない侍従長にしびれをきらし、やつは宮廷の魔導師たちを連れてきた。
 そして玉座の間(ダロワージ)の対岸から透視者に時計を透視させ、さらにそれを読心と念話を使える者に命じて自分に伝えさせ、スィグル自身が図面を引いた。
 そこまでやるかとギリスは思ったが、とにかくスィグルは本気でその時計が欲しかったらしい。
 自分が書いた図面をもとに、そっくり似たものを、グラナダの職人に作らせたものの、実物を見たことがない者が作ったせいか、それとも透視か念話の経過で図面が狂っていたのか、グラナダ宮殿の時計は、うまく時を刻んでいない。いつも遅れたり進んだりするし、ふと見ると止まっていたりすることもある。
 そのたびにスィグルはいらいらと癇癪を起こしているようだ。
 機関(からくり)が複雑なだけではだめで、精密に作られたそれが、完璧に動いていることこそが、スィグルにとっては快感らしい。
 謎めいた性癖だが、とにかくそういう感性なのだから、連弩の七連射を終えた時に指に残る、あの感覚が、やつにとって気持ちよくないわけはなかった。
 それであっさり、弩兵を買ってくれとラダックにねだるのだから。
 まんまと引っかかったと思って、ギリスは気味がよかった。それを思うと笑いが止まらない。
「何をにやにやしてるんですか、エル・ギリス」
 考えのさっぱり読めない鉄面皮で、ラダックが蝋板に鉄筆でなにか書き付けていた。黒い板に蝋を薄く流し固めたもので、一時的な筆記によく用いられるものだ。鉄筆でひっかくと、そこに黒い文字が浮き出る。
 ラダックは、黒い鉄扉の前に立ち、その中に運び込まれていく、連弩の納められた櫃(ひつ)の数を、蝋板に記録していた。
 鉄扉の中は、グラナダ宮殿の金庫だった。
 つい最近、新築されたばかりの棟で、今後の増収を待ち受けて、空っぽのままになっていた。漆喰壁はまぶしいほど白く、黒く塗られた鉄のぶあつい扉は、つややかで、まだ傷一つなかった。
 ここはまさにラダックの聖域であり、正神殿と言えた。
 ギリスはラダックが普段、金庫の中にいるところを見たことはないが、もしかしたら、聖堂で人がそうするように、こいつは金貨の山に跪いて祈っているのではないか。もっと貯まりますようにと。
 その聖なる領域に、今は連弩が運び込まれていく。
 そんなものは手ひどい冒涜だという顔を、ラダックはしていた。見慣れないとただの無表情だが、つきあい慣れれば、それがわかる。ラダックが傷ついているらしいことが。
「すまないなあ、ラダック。スィグルが武器庫を完成させるまで、お前の金庫に俺の連弩を置かせてよ」
「私の金庫ではありません。レイラス殿下のです」
 すました顔で、ラダックはそう訂正してきた。びしりと手を打ち払うような口調だった。
「弩兵の手配はしたのか」
「しました」
 それがどうしたという気配で、ラダックは答えた。ギリスはまた満面の笑みが止まらなくなった。
「そうかあ。楽しみだなあ、いつ届くんだろう」
「市内で募ったところ、志願者が多いらしいので、一両日中です。でも手始めに二百人だけです。殿下は千人だとか、ふざけたことをぎゃあぎゃあ言ってましたが、まったくあの人もボンボンで困ります」
 翌朝、いつもの制服に着替えてから命令書を受け取ったラダックは、我に返ったらしかった。
 官僚としての変なこだわりで、上司から発布された命令を、できないといって突き返すことはしないらしいが、都合良く解釈するのは自由らしかった。命令書には、いつまでにとか、千人そろえて、とは書かれていなかったからだ。
 できないとなるとラダックの落ち度だが、遅いのは、きちんと期限を切らなかったスィグルの責任だということらしい。
 それでラダックは、お得意の段階的な措置でごまかすことにした旨を、有り体に領主に報告した。計画の完了期日は、未定となっていた。
 そんな報告を受けた時に、謁見の間の時計まで止まっていることに気づき、スィグルは確かにぎゃあぎゃあ言っていた。
 しかし当座は二百人もいれば充分だ。連弩だって、とりあえずは、それくらいしか製造できないのだから。
 それを超えて持っていたところで、最終的な整備を行えるのがイマームひとりという現状では、彼が働ける体力的な限界が、戦力的な限界になる。いずれは整備を手伝える職人も育成されるだろうが、今すぐには無理だ。
 手の空いた職人たちには、あとは矢を作るほうに必死になってもらえばいいだろう。矢なら、いくらあってもいい。
 そういえばスィグルは彼らに、妙な矢を作らせていた。
 連弩は弓より威力に劣ると文句をつけていたくせに、スィグルが命じて製造させている矢は、ずいぶん、ひ弱そうなものだった。大量発注の図面を引く段階で、スィグルはイマームを独占し、ギリスを工房から蹴り出して、勝手になんだかんだ注文をつけていた。
 俺が発掘してきた武器職人に、俺の銀貨を使って、お前はよく好き勝手なことができるよ。
 領主レイラスの、いかにも王侯らしい身勝手ぶりには、ギリスは腹も立たず、ただ感心していた。意識してかどうかは知るよしもないが、家臣のものは自分のものだと、領主は判断しているらしい。
 それでもまあ、自分の意向は通ったのだし、それくらいは良しとするか。欲張りすぎると、新星が臍を曲げて、元も子もなくなる。
 ギリスは連弩が何挺たまったのか知りたくて、ラダックが持っている蝋版を見ようと、その枠板に指をかけて自分のほうに引き寄せた。
「あっ、いま字が曲がりましたよ! やめてください」
 どうせ消す文字なのに、ラダックは目くじらを立てた。
「いまで何挺?」
 ギリスが蝋の上に書かれた線を数えると、二百二十五挺だった。まずまずの数だ。
「数を知りたければ、あとでご報告しますから。あっちいっててください」
 うるさそうに言われ、ギリスはしょんぼりした。
「だって見たいんだよ」
「じゃあ、私の邪魔にならないように、すみっこのほうで座って見ていてください。ほんとに、あなたはでしゃばりですよね、エル・ギリス。レイラス殿下に変なものを教えないでください。おかげでまた修正予算案を組むはめになりました」
 蝋板に書き付けるラダックは、眉間に皺を寄せた顔で、鉄筆でそれをまっぷたつに割りそうな剣幕だった。

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