もえもえ図鑑

2008/08/28

新星の武器庫(18)

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 一矢の狡(ずる)もせず、子供は連弩を下ろした。
 わずかの間に、ものすごい汗だったが、ケシュクはそれにも気付いていないらしい。
「エル・ギリス、どっちが勝ったの」
 横にいる英雄に、ケシュクは訊ねた。
 次に渡すつもりだったのだろう、矢筒を満たした連弩を持ったまま、ギリスはこちらを見つめてきた。
「どっちが勝ったんだ、スィグル」
 途中から、こっちが射てもいなかったことは、ギリスは知っているはずだった。彼に微笑を見せて、スィグルは答えた。
「そっちじゃないのか」
「ほんと!?」
 ケシュクは確認するまでもない大勝利に、素直に飛び跳ねて喜んでいる。
 僕はなにか、この子がここまで必死になるほど、悔しいようなことをしたかな。さっぱり思い当たらず、スィグルは苦笑して、狂喜する子供を眺めた。
「お前も射てみろよ」
 ギリスはそう言って、手に持っていた連弩を投げ渡してきた。
 スィグルは反射的にそれを受け取った。手で支えていた王族用の弓が、ぱたりと地に伏せた。
 考えてみると、ケシュク先生の連弩を手にとったのは、これが初めてかもしれなかった。工房で眺めはしたが、触れたことがない。
 こんなものは、子供の玩具だ。確か自分も、ずっと小さい頃には遊び道具にしていたような気がするが、王族にはすぐに、子供用に作られた本物の弓が与えられる。そうなるといつも、双子の弟とおそろいの、職人が丹精したその弓ばかりで遊んでおり、弩(おおゆみ)なんていう赤ん坊の持ち物は、さっさとお払い箱だったような気がする。
 子供だった自分の手に、弓は手強く、矢はまともに飛ばなかったが、それでも名誉があった。
 だいたい、玩具の弓で遊び相手を射るような野蛮なことは、子供のときだってしなかった。戦争ごっこは好みでなくて、いつも絵ばかり描いていたのだ。勇猛なふりをするのは、父や、自分を評価する立場の大人たちが見ているところでだけだ。
 弩(おおゆみ)とは縁のない一生なんだよ。
 そんな僕に、今さらこんな恥ずかしいもんを試せというのか、エル・ギリス。
「使い方が分かんないのか? 発明王ケシュクに教えてもらえ」
 ギリスが急かすようにいたぶってきたので、しょうがなくなって、スィグルは渡された連弩を構え、的を見た。
「使い方は見りゃあわかるよ。しかしこの矢はあまりにも貧弱じゃないか。子供用とはいえ」
 くどくど文句を言いながら、スィグルは取っ手を引いて、弓弦と矢を装填した。
 照準器から丸く小さい的をのぞいて、引き金を引くと、がちりと精緻な機構が働く感触が指に響き、小振りな弓が勢いよく打ち出されていった。
 矢は的を射抜いた。二の矢も、三の矢も、正確に素早く、息つく間のない早さで打ち出されていった。そして七本の矢を全て打ち終えた連弩(れんど)は、腹を空かせて沈黙し、スィグルの指に、巧みに造られた機関(からくり)が与える心地よい振動を残していった。
 いい武器のようだ。あれだけ射て、一挺くじけたものの、四挺は生き残った。
 職人の腕か、精度はすばらしい。もっと射程が欲しいところだが、それは今後の課題ということにしても、いいだろう。
 なによりこの矢の、ちっぽけなのがいい。これじゃ、そう簡単には人を殺せないだろう。使いようにもよるが。
 にっこりとして、スィグルは連弩をおろした。
 盗賊はやっつけたいが、人を殺すのは億劫だ。しかしケシュク先生の連弩の、この貧弱な矢が、僕のわがままを許すかもしれない。
「どうだった」
 めいいっぱい力んだ調子で、ケシュクが問いかけてきた。
「どうにも射程が短いな」
 スィグルは子供の目を見て答えた。ケシュクはがつんとやられたような顔をした。
「それは! だから言っただろ、至近距離から射ればいいんだって」
 答える子供は拳を握りしめている。
 浅知恵はあるが、うるさい子だなと思い、スィグルは微かなため息をついた。
「いつ襲ってくるかわからない盗賊を、どうやって奇襲するんだよ。それともお前は、牛の目のファサルの家を知っているのか。だったら僕に場所を教えてくれ。弁当を配達する男に化けて、盗賊どもをやっつけにいくから」
 顔を覗き込んで、なおも言ってやると、ケシュクは言葉につまり、怒って真っ赤な顔をした。
「お前って誰でもいじめるんだなあ。たとえ子供でもか」
 あきれ果てたように、ギリスが感想を述べた。
「まあ確かに、問題はそこさ。崖の上からだと、射程から漏れてるな」
 ギリスが困ったように言うと、その声に励まされたのか、ケシュクがやっと息をふきかえした。
「内緒だけど、父さんが、射程の長いやつを試作してるよ。まだ内緒だけど!」
「なぜ内緒なんだ、ケシュク」
 スィグルが訊ねると、子供はまた、うっと詰まったような顔をした。
「まだ命中率が低いからです」
「一本も当たらないのか」
 スィグルが渋面になると、ケシュクはじたばたした。
「そんなわけないだろ! 当たるのは当たるよ、二本に一本は当たるから」
 見事な外れっぷりだとスィグルは思った。それは使い物になるのか。
 まあ、百本当てる必要があれば、二百本放てばいいわけだが。それを可能にする連射性能がありさえすれば。
 顔を見たら、ギリスもそう思っているらしかった。彼は新兵器の話題に、にこにこしていた。どうせ細かいことには拘らない男だ。たくさん射られて気持ちいいぐらいにしか思ってないのだろう。
「軍議しますか、レイラス殿下。盗賊討伐の戦術について」
 上機嫌に、ギリスが促してきた。
「負けたから、僕はなんでもいうことを聞くわけだけど、それはお前の参戦を許せということなのか」
 横で話を聞いていたケシュクが、そうだよと答えたが、ギリスは指を口にあてて、しーっと言った。
 そろそろラダックを超過勤務させた理由が、大公開されるらしかった。
 スィグルは噛みつきそうな顔で、この場を見守っている私服の官僚を、ちらりと盗み見てみた。早く言え、早く帰りたいからと、彼の燃える目が訴えている。
「参戦はね、俺は当然するから。あれからよく考えてみたけど、俺はお前の客であって、家臣じゃないから。いうことをきく理由がないから。戦いたければ戦うんだよ」
 ギリスはそれが当然の権利だという口ぶりだった。
「そんなことないだろ。確かにお前は僕の家臣じゃないけど、魔法戦闘には族長か、もしくは委任されている将の許可がいる。今現在、お前にとっての将は僕だから、命令書なしに魔法戦をしたら、それは私闘なんだぞ」
「魔法戦じゃないもん、連弩(れんど)で戦うぶんには」
 屁理屈をこねるギリスの顔を、スィグルはこのやろうという目で見てやった。
 まあ確かに、そうと言えなくもなかった。魔法戦士として戦闘に出ておきながら、魔法を振るわないなんていう恥ずかしいことを、過去の英雄たちが思いつかなかっただけだ。
 スィグルは苦笑しただけで、反論はしなかった。
「だから、お前にいうことをきかせたいことだけどね、武器庫を新設してくれないか。けちのラダックが、連弩を造るのには俺が金を出せっていうし、しょうがないから俺が造ってお前に貸すけど、竜の涙は土地や建物は所有できない。人も雇えないだろ。だから連弩を置いておく武器庫と、連弩を装備する兵士は、お前の金で用意してくれよ」
 ラダックが、ぐっと呻くのが聞こえた。
「何挺ですか。何挺造る予定ですか、エル・ギリス!!」
 離れたところから、ラダックは叫ぶように訊いてきた。
「俺の資産で何挺ぐらい造れるんだろうな。計算しといてよラダック」
 にっこりと罪のないふうに笑って、ギリスは訊ねた。でもラダックは、彼が自分の資産を把握していると言っていた。ラダックも把握しているのだ、ギリスの資産管理をしているのだったら。
「やめてください、エル・ギリス! どうせ贈与するなら現金でください! 金庫を拡張して待ちますから!」
「贈与じゃないって、ラダック。貸すだけ。ただで貸すんだぞ、俺は優しいだろ。矢もちゃんとつけるから。もしも必要になったら、使っていいよ。兵はお前ら持ちだけど。予備役ばっかじゃだめだぞ、練兵した精鋭の弩兵(どへい)部隊は最低でも用意しといてよ」
 そう言うギリスはにやにやしていた。
 ラダックは何か計算しているらしい顔で、蒼白になっていた。
「だめですよ、殿下! 常任の正規兵は先日ご報告した人数が限界です。弩兵がほしければ、その中の弓兵から入れ替えてくださいね!」
 矛先を変えて、ラダックはスィグルのほうに大声を出した。
「そんな馬鹿な。僕の軍に弩兵ばかりで、弓兵がいないなんて、格好悪いよ」
 スィグルは半ば本気でそう答えた。
 やっぱり弓兵の部隊がいないと格好つかないだろう。たとえ連弩がその代わりを完璧にこなしたとしてもだ。弓弦を引き絞る部隊がいるほうが、戦いの光景として格段に美しいだろう。
 そう思ってじっと見ると、ラダックはまだ青い顔をしていた。彼は抱きしめようとして帳簿を探しているような仕草をしたが、もう勤務が明けて着替えた後だから、そんなものを持っているはずもない。
 いつも私服で働けばいいのに、ラダック。
 いや、いつもこうだと困るけど、僕が買い物をしたいときぐらいは。
 スィグルはなんとかそういう具合になる法令が作れないか思案しながら、ラダックの目を見て言った。
「買ってよ、弩兵。まず千人くらいでいいからさ。買えるだろ?」
 とにかく、画期的な策として、スィグルは連弩を試してみたかった。幼いケシュクの情熱に打たれたのかもしれないが、その興味と期待が、今は猛烈に高かった。
 それが物欲を後押しして、金庫から資金を投入させることは、スィグルの中ではすでに既成事実だった。ラダックもそれを、理解すべきだと思った。お前が本気で僕の忠臣だというなら。
 そういう目で見つめると、ラダックの顔色はだんだん悪くなっていった。
「帳簿がないのでわかりません……」
 ラダックは気圧されたふうに、生彩のない嘘をついた。
「僕は帳簿を丸暗記してるから分かるけど、買えると思うよ。だから、これから戻って、命令書を書いておくし。明朝、拝領するように。お前はもう、帰れ、ラダック」
 試しに押し切ってみた。するとラダックは、押し切られたように、がくりと項垂れた。
 いや、それは、領主に退出を命じられた、去り際の略礼かもしれなかった。とにかくラダックは長く腰を折っていた。それからふらりと、夕方の風に吹かれて帰って行った。
「さあ、とうとう夕ごはんだなあ」
 勝利感に酔っているらしい声で、ギリスがそう言った。

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