もえもえ図鑑

2008/08/28

新星の武器庫(17)

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 合図とともに、土器(かわらけ)が投げられるのが見えた。
 ケシュクが射始めるのを、スィグルは横目に見つめ、それから自分の弓から矢を放った。
 矢継ぎ早に次々と土器を射落としながら、スィグルは見るともなく、ケシュクの戦いぶりを意識した。
 子供がどうやって勝つつもりか、興味があったからだ。
 スィグルの矢筒に、赤い矢は無限にあった。侍官が矢を補充するせいだ。
 しかしケシュクの矢筒は、連弩(れんど)の中に格納されており、七本射終えて、それが空っぽになると、彼は補充をしなければならないはずだった。
 どうするのかなと、引き絞った弓ごしにケシュクを見ると、なんと彼は、自分の足元に、五挺の連弩を用意していた。どうりで整備にやたらと時をかけていたはずだ。
 真剣そのものに七連射をこなす子供の横で、エル・ギリスが面白そうに射落とされた的の数を数え、矢の尽きる頃合いに、新しい連弩を握らせてやっていた。
 からになった連弩の矢筒に、小さな新しい矢を詰めてやりながら、ギリスは一瞬こちらを見た。
 笑っている彼の目は、スィグルに、お前も一生懸命やれよと語りかけてきた。ケシュクが射落とした土器の数を、彼は唱えた。
 それはスィグルが自覚している自分の数よりも、すでに倍も違っている。
 お前はぼろ負けしているぞと、ギリスは気味が良さそうだった。
 スィグルはそれに笑い返して、偵察するのをやめ、自分の弓に集中することにした。
 それでいくらか効率は上がる。
 しかしスィグルは実のところ、勝てるつもりはなかった。
 近距離からの強射を浴びて、土器は粉々に飛び散っている。それに対して、ケシュクのちっぽけな矢が土器を打ち砕く音は、どこか可愛いものだった。
 ぱりんぱりんと涼しげな音楽のように、規則正しく響いてくるその音は、単調だが仕事歌のような、耳心地のよい七拍子だった。
 それを聴きつつ、スィグルは久々で乱れ打つ果てしない連射を、しばらく楽しむことにした。
 勝負をしたのは、ただ確かめたかったのだ。
 どれくらい、連射と再装填を繰り返すと、ケシュクの連弩が故障するのか。
 実戦の場において、そこは重要な点だった。
 弓は弦が切れることはあるが、故障はしない。射手の体力が続く限り、そして矢が尽きない限り、射続けることができる。
 しかし連弩はどうだろうか。工房で見たその機構は、わがままな子供のように気むずかしい点が多々見えた。
 何挺用意したところで、それが全て故障して動かなくなり、矢だけが残るようでは、連弩を実戦投入することはできない。いくら射ても抜かりなく、矢を放ち続けることが出来てこその武器だ。
 そう思って眺めていると、ケシュクが用意した五挺のうちの一挺が、とつぜん臍を曲げたらしかった。七拍子の乱れが聞こえ、スィグルはそれに気付いた。
 小さく悪態をつく子供に、ギリスがまだ四挺あるよと笑って励ましていた。
 子供はよほど必死に戦っているらしい。確かにまだ、射手を止める号令は聞こえないが、自分が圧勝していることに、ケシュクは気付いていないのだ。
 新しい連弩を受け取り、また射始めるケシュクの顔は、子供らしい真摯さで、滴るほどの汗をかいていた。
 この子はずいぶん幼いがと、スィグルは思った。自分の情熱を信じて、必死で戦っている。
 もしかすると今の自分に、いちばん足りないのは、それではないのか。
 自分がケシュクぐらいだった頃、まだ本気で信じていた。この世のどこかに、全ての部族が争うことなく乗り込んできた、月と星の船があり、その船を見つけることができれば、戦乱に明け暮れる大人たちに、それがいかに愚かなことか、理解してもらえるのではないかと。
 そうしたら、あっさり戦は終わり、憎むべき敵はどこかこの世の果ての向こうへ泡のように消えていき、父も、他の廷臣たちも、命がけで戦わなくても良くなって、いつも玉座の間(ダロワージ)に座っているようになるのではないかという期待が、幼心にあった。
 幼い自分が夢を語ると、父は笑って、船を探せと言っていたし、自分はそれを本当に期待されているのだと、その時には信じていたものだ。
 あれから様々なことがあり、時には信じられないこともある。そんな船がどこかにあると。
 もし仮にあったとして、それを見つけたところで、何になるかという気もする。
 これがその船だと見せたところで、大人たちは皆、ああそうかと言うだろう。それだけだ。
 この大陸で、人が人を傷つけるのは、何かの手違いではない。必然だ。
 実際、自分もそうしてきた。
 生きるためだということで、人を殺して食っただろう。
 その事実ひとつをとっても、すでに万死に値する。
 これから族長位を狙って、血を分けた兄弟たちと争い、果ては全員を縊り殺そうというのだから、それはそれは、お優しいことだ。それなら確かに血は流れない。絹布で首を絞めるだけだから。
 仕方ないのだ。そうしないと自分が殺される。
 結局いつも、そればかりが言い訳で、卑怯でもなんでもない、それは掛け値無しの事実だった。
 他人を痛めつけることでしか、生きていくことができないのだ。
 だからもう、その血まみれの手を認めて、子供のころの素敵な玩具だった、月と星の船は捨てたら。今さら恥ずかしくて人にも言えないような、そのヤワな情熱は。
 僕が本気だったと知っているのは、あの学院にいた三人の友だけで、彼らは許してくれだろう、僕が挫折したことに気付いても。仕方ないなと言うだろう、やつらもいつまでも子供じゃないんだから。
 近頃、そんなふうに挫けて、時々本気でそう思うことがある。
 でも、それを捨てたら、自分はいったい、なんのために族長冠が欲しいのだろう。
 ただ、死ぬのが怖いだけか。継承争いに敗れて殺されるのが。
 また以前と同じように、ただ死に追われて、逃げ回っているだけなのか。
 それでもし族長になれたとして、そこから先はどうすりゃいいんだ。どうやって民を率いていくんだ。どこへ向かって進んでいくのか、きっと迷ってしまうだろう。森を逃げ出したアンフィバロウが、目の前の砂漠に立ちつくしたように。
 そのとき千里眼のディノトリスが現れて、あっちへ行け、こっちへ行けと、僕に言ってくれるのか。そして僕は、その通りにうろうろするのか。
 果たしてそれが、男として、一人前の生き方だろうかね。
 スィグルはすでに弓を引く気がなくなり、それを地についてもたれ、いまだに必死の形相で連射を続けているケシュクの横顔を見物していた。
 この餓鬼のほうが、僕よりよっぽど男らしいよ。
 本当に参った。この大先生には、三跪九拝でも足りないよ。
 微笑んで待ち、スィグルは時間をはかっていた係の者が、終了をつげる号令をかける声を聞いた。

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