もえもえ図鑑

2008/07/31

銀の泉と紫の蛇

 いつも廊下でチクリと文句を言う、あいつに恥をかかせてやろうと、リューズは今日こそは必殺の作戦を携えてきた。
 見てろよ、イェズラム。今日こそぎゃふんと言わせてやるぞ。
 広間を出たあたりに、やっぱりやつはいた。偉そうに取り巻きをいっぱい連れて、ここまで来ておきながら俺の朝儀を無視したぞ。いつ見ても、てきとうに着てきましたみたいな普段着で、力一杯の反逆ポーズだ。その一点をとっても、いつもアホみたいに着飾らされている俺を虚仮にしている。そんなような気がする。それは被害妄想か。
「元気そうだな、エル・イェズラム。エレンディラから面白い話を聞いたぞ」
 昨日の晩餐のときに、女長老が雑談しにきたので、そのとき仕入れた話だぞ。
 イェズラムは一瞬、その隻眼を警戒するように細めたが、素知らぬ顔で煙管を吸っている。やつの取り巻きだけが、エレンディラの名を聞いて、なにごとかという顔をした。
「お前、ロリコンだそうだな」
 言ってやると、イェズラムは妙な顔をした。やつの取り巻きが凍った。
「エレンディラが、お前が好んで問題児の面倒を見るのは、ロリコンだからだと言っていた。十二歳まで限定だという話は本当なのか。たいした変態さんだな」
 力一杯笑いたいのをこらえて訊くと、イェズラムはぷかりと煙を吐き出した。
 ざまあみろ。まさか図星か。恥ずかしいだろ、この野郎。
 いかにもそういう顔をしないように、リューズは微笑を浮かべて、答えを待った。
「ああ、そうだ。エル・エレンディラの言うとおりだ。お前が餓鬼のときの姿絵も持っているぞ。何に使っているか想像して怖くなれ」
 イェズラムは余裕の笑みでそう言った。
 想像したら怖かった。
 よっぽど面白かったのか、やつの取り巻きが爆笑した。
 リューズは、しょうがないので逃げることにした。だって忙しいし、侍従が急かすし。負けたわけじゃあないからな。おぼえてろ!


「イェズラムは本当に族長の姿絵なんか持ってんの?」
 派閥の部屋(サロン)でくつろいでいると、興味ありげにギリスが訊ねてきたので、なんのことかとイェズラムは思った。
 ああ、そういえば、昼間リューズがむかつくことを言ってきたので、そんな話をしてやった。
「持っている。乳母の形見だ」
「乳母のかあ」
 ずいぶん、がっかりした顔でギリスが答えた。なにを期待してたんだ。
「リューズが五つかそこらの時に、一事件あって死んだのだ。遺品のなかにあったので、故人を偲んでとっておいた。あの人は本当にリューズを可愛がっていたからなあ」
「そんな愛のある話は族長にもしてやったらいいんじゃないの」
 ギリスは寝ころんで葡萄を食いながら、なにか読んでいる。つくづく行儀の悪いやつだ。葡萄の汁が本につくだろ。しかし小言を言い出すと、きりのない相手だった。
「俺はいやだよ。機会があったらお前がしてやれ。俺が死んだ後にだぞ。それまではずっと、自分の幼髪絵がなにに使われているか、怖い想像をさせておけ」
「イェズは陰険だなあ」
 天真爛漫な笑みを満面に浮かべて、ギリスは誉めた。こいつ、いつもズレてて面白い。
「お前も頑張って陰険になれよ。そうじゃないと王族の天然に勝てないぞ」
 激励すると、ギリスは忠実そのものの顔で、こくりと頷いた。これで次代もやっていけるだろう。皆が皆、うっとり顔で、誰もリューズをからかわないのでは、宮廷もつまらない。あいつは吠え面かかせてナンボのやつだ。
「族長はほんとうに天然だよなあ」
 ギリスがしみじみと、そう言った。そういうことを理解できるのが、ギリスの見所だ。
「あいつはほんとうに天然だなあ」
 イェズラムはしみじみと、そう答えた。
 そして、エレンディラへの報復攻撃には、誰を特攻させようかと考えた。俺を舐めるなエレンディラ。よりによって、リューズをけしかけるとは。
 目にもの見せてやるからな。
 悔しがる女を想像して、紫の蛇はにやりと笑った。


 玉座の間(ダロワージ)に人だかりがあり、皆が新しい詩を聞いていた。
 なんとも哀切な恋の詩だった。
 なかなかいいなと思いつつ通り過ぎ、リューズは部屋に戻ろうとして、珍しくイェズラムが一人で回廊にいるのに気付いた。
 磁器の丸椅子に足を組んで腰かけ、詩人が詠うのを聴いているらしかった。
「どうした、お前が芸術鑑賞か」
 らしくないなと思って訊くと、イェズラムはにやにやしていた。
「いい詩だろう」
「お前が一枚噛んでいるのか?」
 それっぽい雰囲気のする口ぶりだったので、リューズは思わず訊ねた。
「昔の女の恋文が出てきたので、詩人にくれてやったのだ」
 げっと思って、リューズは詩を聞いている人々のほうを振り返った。
「昔の宮廷では、翌朝に文をやる風習があっただろう。俺が忙しくて忘れたのを、いまだに恨んでいるようだ」
「それが誰か聞きたくないのだが、それでいいか」
 リューズが問うと、イェズラムは持っていた煙管から、ゆっくりと一息吸った。
「そのほうがいいな。こういうのは、誰も知らないのに本人だけが知っているというのが、いちばん悔しいわけだ」
 はあ、とため息のように、イェズラムは薄く煙を吐いた。
 長老イェズラムには、宮廷に七人の敵がいるらしい。
 リューズは苦笑して、晩餐のために着替えに行った。
 その夜、エル・エレンディラは晩餐の広間(ダロワージ)に現れなかった。

《おしまい》
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